くだり坂を「あがっていく」ボール!?重力に逆らった坂の正体とは

心理学

地球上のモノはすべて、重力によって地上に落下しようとします。

しかし世界には、グラビティヒル(Gravity hills)と呼ばれる「重力に逆らう坂」というミステリースポットがあるのを知っていますか?

驚くべきことに、ボールや車でさえ、その坂にあると重力に抗うように坂を上ってしまうといいます。

数十年前まで、一部の研究者は「時空が歪んでいる」「地下に埋まる巨大な磁石の影響によるものだ」と主張したほど摩訶不思議な現象です。確かにひと目見ただけでは、何か不思議な力が働いているように見えます。

それでは実際のところ、重力に抗うグラビティヒルでは一体何が起こっているのでしょう。

目次

  • グラビティヒルの正体は目の錯覚
  • どんな条件でボールは重力に逆らうのか?

グラビティヒルの正体は目の錯覚

グラビティヒルでは、本来下り坂であるはずの道が上り坂に見えてしまいます。

一昔前までこれは謎の現象で、その場所では時空が歪んでいるなどと言う人もいましたが、現在はこれが環境の影響を受けて発生する目の錯覚だと言うことが、様々な研究によって明らかにされています。

例えば、丘や山に囲まれた道路では、遠くに見える地平線の位置が通常よりも高くなることがあります。そのため、脳は水平線の位置を誤認し、坂道の傾斜を正しく認識できなくなるのです。

傾斜を誤認する錯視/Credit:”Slope Illusion (Magnetic Hill) in Radan”,Akiyoshi Kitaoka(2015)

こういう錯視画像を見たことがあると思います。このような画像でも人間は簡単に線の角度を誤解してしまいます。

人間は周囲の環境情報から、傾斜を理解しようとします。そのため生えている木の角度が傾いているだけでも、傾斜の方向を勘違いしやすいのです。

では、最初の画像で示したような、ボールが坂道を登っているように見える錯覚はなぜ起こるのでしょうか?

詳しく見ていきましょう。

どんな条件でボールは重力に逆らうのか?

ボールが坂を上るような錯覚は、坂道がより急な傾斜に挟まれている場合によく起こります。

例えば、緩やかな上り坂が急な下り坂の間にあると、本来の傾斜よりも下っているように見えてしまうのです。逆に、緩やかな下り坂が急な上り坂に挟まれていると、上り坂のように感じてしまいます。

錯視が起きやすい坂の模式図。緩やかな坂が、同じ向きを持つ急な坂に挟まれた構造。緩やかな坂と急な坂が交わる点は、凹型の場合「窪み(sag)」、凸型の場合「頂点(crest)」と呼ばれる。/Credit:”Slope Illusion (Magnetic Hill) in Radan”,Akiyoshi Kitaoka(2015)

下の画像は日本の代表的なグラビティヒル、香川県高松市の屋島にある有料道路の一部です。ここでは坂道の錯覚が顕著に見られます。

ここでは手前の道は下り坂に見え、奥のバスが走る道路は緩やかな上り坂に見えます。

しかし、実際は手前が緩やかな上り坂であり、バスが走っているのはかなり傾斜がきつい上り坂です。

錯視を起こしやすい坂道を高い位置から見た場合の略図(左)高松市のグラビティヒル(右)/Credit:”Slope Illusion (Magnetic Hill) in Radan”,Akiyoshi Kitaoka(2015)

この図と同じような状況が起きているため、下の動画のボールは重力に逆らって下り坂をこちらに向かって転がってくるように見えるのです。

画像
Credit: Phenomenal Travel Videos

このような錯覚は、視覚がどのように空間を認識するかによって引き起こされます。

イタリアのパドヴァ大学に所属するパオラ・ブレッサン(Paola Bressan)らによる2003年の研究では、人間の目は水平線を基準にして傾斜を判断することが示されています。つまり、水平線の位置が通常より高く見えると、実際には水平な道が「下り」に見え、逆に水平線が低く見えると、下り坂が「上り」に見えてしまうのです。

左の図を見ると手前の坂が下り坂に見えるが、実際(右の図)には上り坂である
左の図を見ると手前の坂が下り坂に見えるが、実際(右の図)には上り坂である / Credit: Akiyoshi Kitaoka 2008 (May 12)

この錯覚は縦断勾配錯視と呼ばれており、交通渋滞が発生するサグ部という下り坂から上り坂へ変化する場所でも生じていると言われています。

さきほど紹介した日本の香川県高松市の坂道の他に、グラビティヒルは世界各地で報告されています。

アメリカのペンシルベニア州には「マグネティックヒル」と呼ばれる場所があり、ここでは車をニュートラルにすると、まるで見えない力に引っ張られるかのように坂を上っていくように見えます。

地元では超常現象や磁場の影響といった説が語られることもありましたが、現在は科学的にはこれは典型的な錯覚によるものであることが証明されています。

こうした錯覚を利用したアトラクションも存在します。

日本の観光地にもたまにある、室内が傾いた構造のミステリーハウスがその典型的な例です。

島根県の匹見ミステリーハウス/Credit:しまね観光ナビ

まっすぐ立っているはずなのに体が斜めに傾いて見えるこうした家は、グラビティヒルと同じ錯覚の原理を利用したものです。

こうした錯覚の作用があまり理解されていなかった時代には、この現象が誤解され、重力異常や宇宙人の存在を示す証拠として議論されたこともあります。

特に20世紀初頭には、一部の科学者や研究者が「この場所には未知の重力の歪みがあるのではないか」と真剣に考察していた時期もありました。

しかし、測定技術が発達した現在では、これらが視覚錯覚によるものであることが明確に説明されています。

グラビティヒルは脳の錯覚によるもの

グラビティヒルの正体は、視覚による誤認が原因です。周囲の環境によって水平線の位置がずれて見えたり、坂道の角度が誤認されたりすることで、実際とは逆の傾斜を感じてしまうのです。

つまり、「坂道をボールが上る」のは、重力の異常ではなく、私たちの脳が作り出した錯覚なのです。

次にグラビティヒルを訪れる機会があれば、この仕組みを思い出しながら、ぜひ自分の目で確かめてみてください。あなたの脳は、この「重力のいたずら」にどう反応するでしょうか?

全ての画像を見る

参考文献

These Gravity-Defying Hills Are One of The Strangest Natural Phenomena We’ve Seen
https://www.sciencealert.com/gravity-hills-physics-defying-optical-illusion-car-drifts-uphill

元論文

slope illusion (magnetic hill) in radan
https://www.psy.ritsumei.ac.jp/akitaoka/Serbia-Radan-slopeillusion-ZBORNIK-jul%202015-WEB751-760-Kitaoka.pdf

Antigravity Hills are Visual Illusions
http://dx.doi.org/10.1111/1467-9280.02451

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

タイトルとURLをコピーしました