うつ病とはっきりとは診断されていないものの、日常的に気分の落ち込みや意欲の低下が続く状態を「閾値下うつ状態」と呼びます。
これは人口の10人に1人が経験しており、特にストレス過多の現代では、その人数が増加傾向にあります。
「自分もこれに当てはまるのでは?」と思っている方は多いかもしれません。
そんな方々に朗報です。
京都大学の研究チームはこのほど、うつ気分の改善に役立つスマートフォンアプリ「レジトレ!®(ResiTore!)」を開発し、その効果を科学的に検証しました。
このアプリでは、自宅で気軽に専門的な認知行動スキルを学び、実践できます。
果たして、どれほどの効果があったのでしょうか?
研究の詳細は2025年4月23日付で学術誌『Nature Medicine』に掲載されました。
目次
- うつ状態を自宅で改善するには?
- 長く継続する治療効果が得られた
うつ状態を自宅で改善するには?

臨床的にうつ病と診断されるほどではないけれど、慢性的に気分が沈んだり、やる気が出なかったりする状態。
これが「閾値下うつ状態」と呼ばれるものです。
世界人口のおよそ11%が経験しているとされ、この状態が長引くと生活の質が下がるだけでなく、将来的に本格的なうつ病へ進行するリスクも高まります。
それにもかかわらず、こうした人々には十分な医療支援が届いていないのが現状です。
そこで注目されtえいるのが「認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy: CBT)」です。
CBTは、ネガティブな思考パターンや避けがちな行動を見直し、現実的で前向きな行動を促すことで、心の状態を改善する心理療法です。
これまでCBTは、専門のセラピストと対面で行うのが一般的でしたが、時間や費用の負担が大きいという課題がありました。
加えて、CBTはいくつものスキルを組み合わせて提供されるため、どのスキルがどの程度効果的かははっきりしていませんでした。
そんな中、研究チームは、より手軽で効率的な方法を模索しました。
そうしてたどり着いたのが、スマホアプリによる自己学習型CBTプログラム「レジトレ!®」だったのです
長く継続する治療効果が得られた
今回開発された「レジトレ!®」アプリには、CBTを代表する5つのスキルが搭載されています。
それがこちらです。
・行動活性化:抑うつ気分のときに避けがちな活動をあえて行うことで、気分や行動を改善する技法。
日常の楽しみや達成感のある活動を増やすことを通じて、意欲の回復を促す
・認知再構成:自動的に浮かぶ否定的な考え方に気づき、より柔軟で現実的な考え方に置き換える技法。
思考のクセを見直すことで感情的苦痛を緩和する。
・問題解決:抱えている困難や課題に対して、問題の明確化・目標設定・解決策の洗い出し・実行計画などのステップを踏んで取り組む技法。
実行可能な行動を通じて現実的対処力を高める。
・アサーション:相手を尊重しながら、自分の気持ちや意見を適切に表現する対人スキル。
自己主張が苦手な人にとっては、対人関係のストレスを軽減する手段となる。
・睡眠行動療法:不眠を改善するために、就寝・起床時間の安定化、刺激制御、睡眠制限法などを含む科学的根拠に基づいた行動技法。
研究チームは、日本全国から3936人の成人を対象に、これらスキルを6週間にわたってアプリで学習してもらい、その効果を検証しました。
参加者はランダムに振り分けられ、個別スキルやスキルの組み合わせを体験しました。
また効果を正確に測るため、単なる健康情報提供や自己チェックだけを行うコントロール群とも比較しました。
その結果、すべてのスキルが、うつ気分の指標であるPHQ-9スコアを有意に改善する効果を示したのです。
特に行動活性化、睡眠行動療法、行動活性化+認知再構成、行動活性化+問題解決、行動活性化+アサーションが大きな効果を示しました。

さらに驚くべきことに、この効果は介入終了から半年後(26週後)でも持続していました。
つまり、短期間のアプリ学習でも、長期的に気分を改善できることが示されたのです。
これまでの常識では、「対面での心理療法に比べてデジタル介入は効果が弱いのでは?」と考えられがちでした。
しかしこの研究は、正しく設計されたアプリなら、自宅治療でも予想以上に高い治療効果が得られることを示しています。
またスマホアプリという特性上、日常のすき間時間に数分ずつ取り組むことができ、忙しい現代人にも取り入れやすい点が特徴です。
まさに「ポケットの中のセラピスト」。 スマホひとつで、誰でも自分自身の心のケアを始められる時代が来たのです。
今回の成果は、うつ病の予防や早期介入に大きな希望をもたらすものであり、今後さらに多くの人にとって救いとなるでしょう。
チームは今後、一般の方々も利用できるように、「レジトレ!」のさらなる改良と実用化を進めていく予定です。
参考文献
スマートフォンで学ぶ5つの認知行動スキルがうつ状態を改善─世界最大の臨床試験で解明─
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2025-04-25
元論文
Cognitive behavioral therapy skills via a smartphone app for subthreshold depression among adults in the community: the RESiLIENT randomized controlled trial
https://doi.org/10.1038/s41591-025-03639-1
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部