もしも建築材料や防具が「圧縮されるほど強くなる」特性を持っていたらどうでしょうか。
そんな未来的な材料が、深海に住む海綿動物からインスピレーションを得て誕生するかもしれません。
オーストラリアのロイヤルメルボルン工科大学(RMIT)の研究チームは、深海に生息するカイロウドウケツ(学名:Euplectella aspergillum)の骨格構造を模倣し、新たな材料を開発しました。
この特殊な構造は、従来の衝撃吸収材や構造材を超える驚異的なエネルギー吸収能力を持っています。
研究成果は、2025年1月2日付の『Composite Structures』誌に掲載されました。
目次
- 海綿動物「カイロウドウケツ」の特殊な構造からヒントを得る
- 「圧縮したら横方向に縮む」新材料を開発
海綿動物「カイロウドウケツ」の特殊な構造からヒントを得る
海綿動物は、世界中の海に広く分布する単純な多細胞生物ですが、その骨格構造は驚くべき耐久性を持っています。
その中でも特に注目されるのが、深海に生息するカイロウドウケツ(学名:Euplectella aspergillum)です。

カイロウドウケツは「ガラス海綿」とも呼ばれ、その骨格はガラス質の繊維(シリカ)でできた繊細な格子構造を持っています。
一見脆そうに見えるこの構造ですが、極めて高い耐久性と柔軟性を兼ね備えており、格子の中に斜めに補強材が組み込まれることで負荷を分散する特性を持っています。
さらに、海底の過酷な環境でも崩壊しないという特長もあります。

この特殊な骨格に着目したRMIT大学の研究者たちは、カイロウドウケツの構造を模倣することで、高性能な新材料を作れるのではないかと考えました。
そして3Dプリンターを活用し、この驚異的な構造を人工的に再現しました。
「圧縮したら横方向に縮む」新材料を開発
RMIT大学の研究チームは、カイロウドウケツの骨格構造を基に新たな構造「bio-inspired lattice structure(BLS)」を開発しました。
この材料は、精巧な格子状のフレームを持ち、負のポアソン比を示します。

通常の材料は、圧縮されると横方向に広がり、引っ張られると横方向に縮みます。
しかし負のポアソン比では、圧縮されると横方向に縮み、引っ張られると横方向に広がる特性があります。
このような性質を持つ材料は「オーセチック(auxetic)材料」と呼ばれ、衝撃吸収性やエネルギー分散性能に優れています。
従来のオーセチック材料は、医療用ステントや靴のクッション材、防護服などの分野で利用されてきましたが、それらは剛性が低く、大きな変形に対する耐久性に課題がありました。

BLSは、このオーセチック構造の利点を活かしながらも、より高度な格子設計を採用することで、従来のオーセチック材料の13倍の剛性、10%多くのエネルギー吸収、60%大きな変形範囲を実現しました。
これにより、従来のオーセチック材料と比較して、より頑丈で衝撃に強い構造を持ちながら、しなやかに変形し続けることが可能になっています。
この新素材の応用範囲は非常に広く、建設資材や防護具、スポーツ用品、医療まで、様々な分野での活躍が期待されます。
深海の生物が生み出した驚異のデザインが、私たちの未来を変えるかもしれません。
参考文献
Sea sponges inspire super strong material for more durable buildings
https://newatlas.com/materials/sea-sponges-inspire-strong-material-rmit/
Sea sponge inspires super strong compressible material
https://www.rmit.edu.au/news/all-news/2025/feb/sea-sponge-lattice
元論文
Auxetic behavior and energy absorption characteristics of a lattice structure inspired by deep-sea sponge
https://doi.org/10.1016/j.compstruct.2024.118835
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部