【衝撃】150万年前に骨の道具文化が芽吹いていた

化石

石器時代は骨器時代でもあったようです。

石器時代と言えば骨も使われていたことは知られてますが実はその使用痕跡は僅かでした。

しかしスペイン科学研究高等評議会(CSIC)で行われた研究によって、石器時代には骨の道具がこれまで考えられていた以上に多用されていた可能性が示されました。

タンザニア・オルドゥヴァイ渓谷の約150万年前の地層から、当時の人類(おそらくホモ・エレクトスなど)が骨を「意図的かつ体系的」に加工していた証拠が見つかったのです。

研究者の1 人は「私たちは気づかないまま1時代を見逃していたかもしれない」と述べており、人類史を彩る道具の物語は、石器だけでは語りつくせないと主張しました。

知られざる「骨器時代」の全貌とはどのようなものなのでしょうか?

研究内容の詳細は『Nature』にて発表されました。

目次

  • 石器だけでは解けない人類史のパズル
  • 石器時代の多くは「骨器時代」でもあった

石器だけでは解けない人類史のパズル

【衝撃】150万年前に骨の道具文化が芽吹いていた
【衝撃】150万年前に骨の道具文化が芽吹いていた / Credit:Ignacio de la Torre et al . Nature (2025)

石器は、私たちが思っているよりずっと早い時代、ヒト属(Homo)が出現する以前から使われていた可能性があります。

それに比べて、骨を材料にした道具(骨器)は約200万年前以降に限られ、しかも本格的に作られた例はごくわずかでした。

石器時代と言えば骨も使われていたことは多くの人々が知っていますが、実はその使用痕跡はかなり少なかったのです。

特に「大量に作られていた」とはっきりわかるのは、ヨーロッパで見つかったアシュール文化(約40万~25万年前)の事例で、アフリカの初期遺跡では骨を加工した証拠が断片的にしか見つかっていなかったのです。

また、約260万~78万年前の「下部更新世」に属する遺跡では、骨を使った形跡こそあるものの、多くはシロアリを掘り出すなどの単発的な使い方でした。

石器のように「打撃で骨を剥離させて形を整える」といった痕跡はほとんど確認されていません。

タンザニアのオルドゥヴァイ渓谷でも、これまでは数点の骨片が“骨器らしい”と言われる程度で、どれもばらばらに見つかっていたため、本当に道具として体系的に作られていたかどうかはわかっていませんでした。

エチオピアのコンソ遺跡で約1.4百万年前の「骨の手斧」が見つかったという報告もありますが、その使われ方については十分に調べられていなかったのです。

こうしたことから、「アフリカの初期人類がどの程度、計画的に骨を道具として加工していたか」は長いあいだ謎のままでした。

一方で、骨を道具にするには、石器づくりと同じく、骨の構造や割れやすさを理解し、それを次世代に伝えるだけの知識や技術が必要になります。

つまり、骨器を本格的に生産していた時期や、その重要性を解き明かすことは、旧石器時代の人類がどんな文化や知性を持っていたのかを知るうえで大きな手がかりになります。

そこで本研究では、タンザニアのオルドゥヴァイ渓谷Bed II(約150万年前)の特定の地層から出土した数多くの骨片を詳しく調べ「フレーク痕(剥離痕)」と呼ばれる削り跡を徹底的に分析することでした。

もし自然な破損や肉食獣の噛み痕であれば、削りの方向や形状はよりランダムなはずです。

ところが実際には、「石器で打ち割った」としか考えにくい整然とした剥離痕を持つ骨が多く発見されました。

この痕跡が本当に人の手によるものか確かめるため、研究者たちは現代の大型哺乳類の骨を使い、“石器ハンマー”を再現して打ち割る実験を実施しました。

新鮮な骨と少し風化した骨をそれぞれ叩き、さらに骨同士を衝突させたり高所から落としたりするなど、「偶然割れた痕」との差異を詳細に記録したのです。

すると、約150万年前の骨には偶然では説明しづらい規則的な剥離痕が連続しており、縁を整えるように加工されている例も数多く確認されました。

なかには長さ30センチメートルを超える大型の骨を打撃用に再整形したとみられるケースもあり、単に割るだけでなく、用途に合わせて仕上げ加工を施していたことが示唆されます。

現在知られている最古の石器は約330万年前(ケニア・ロメクウィ3遺跡など)までさかのぼり、今回の「骨器」の事例(150万年前)のほうが年代としては明らかに新しいものです。

しかし今回の研究は「骨の道具が石器より早く登場した」という意味ではなく、石器しかないと思われていた時代の多くが骨器と共に歩んでいたということを発見したという点で画期的です。

石器と同じような工程で骨を道具化していた事例が、一つの遺跡からまとまって見つかったことは、私たちの道具史観を大きく更新するきっかけになるでしょう。

石器時代の多くは「骨器時代」でもあった

【衝撃】150万年前に骨の道具文化が芽吹いていた
【衝撃】150万年前に骨の道具文化が芽吹いていた / Credit:Canva

今回の発見により、骨という素材が石材と同程度、あるいは状況次第でそれ以上に役立つ場合があった可能性が示されました。

とりわけ大型動物の骨は厚みと強度があり、解体作業やものを砕く用途には十分な性能を発揮すると考えられます。

また石材の乏しい地域では、骨を代用資源として利用する戦略が有効だったとも考えられます。

「太い骨の塊」は重量があるうえ、衝撃を加えてもある程度割れにくく、打ち砕く・叩くといったタフな作業に向いていたと推測されます。

「石は硬いから打撃や掘削、骨は軟らかいから切断や細かい加工」というイメージを抱いてしまいがちですが、実際は“硬い”と“強い”は必ずしも同じ意味ではありません。

石は非常に硬いために鋭い刃を作りやすく、細かい加工や切削に向いていますが、同時に“もろさ”を持ち合わせています。大きな衝撃を繰り返し加えると欠けたり割れたりしやすいのです。

一方、骨は石に比べると柔らかい素材ですが、“粘り強さ”や“弾力”といった性質があり、大きく振り下ろすような打撃や衝撃にも比較的耐えやすくなっています。

硬すぎる石は、大きな力を加えられた際に割れやすいという欠点がある一方、骨はある程度のしなりで力を逃がすことができるため、ハンマーや掘削のような大振りの作業に適していたと考えられるのです。

つまり、硬い石は“鋭さ”を、柔らかい骨は“しなやかさ”や“粘り”を生かした用途に使われたのであって、「硬さ」だけで道具の役割を決めているわけではありません。

それぞれの素材特性に合わせて道具の使いどころが分かれていたと考えると、石と骨がどちらも活躍できた理由がよくわかります。

いずれにせよ、150万年前という早い段階で「骨を石器同様に打ち欠く」加工技術が定着していたのは、人類の柔軟な発想を裏付ける重要な証拠です。

他の遺跡を詳しく再調査すれば、骨器は思いのほか広範囲に普及していた可能性があります。

たとえば、中期更新世のヨーロッパ(およそ40万~25万年前)に現れる骨製手斧との関連や、アフリカからユーラシア各地へ骨加工技術が波及したかどうかなど、多くの興味深い問題が浮上しています。

もし世界各地の化石資料を改めて精査すると、今回のような骨の加工痕が続々と見つかり、「骨器時代」が私たちの想像以上に長く、多様な形で続いていたシナリオも考えられます。

石器ばかりに依拠してきた従来の人類史は、こうして大きく変わるかもしれません。

はるか昔から骨という素材が主要な道具の地位にあったとすれば、人類の文化・認知の進化を考えるうえで、新鮮な視点を提示してくれるでしょう。

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元論文

Systematic bone tool production at 1.5 million years ago
https://doi.org/10.1038/s41586-025-08652-5

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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