米シカゴの静かな住宅街「ロスコー・ビレッジ」の歩道に、20年以上前から謎の“ネズミ型のくぼみ”がひっそり存在していました。
この穴が突然全米の話題になったのは2024年。
地元のコメディアンで作家のウィンスロー・デュメインさんがSNSでこの穴を紹介したことで、「シカゴ・ラットホール」と呼ばれ、たちまち聖地のように祭り上げられました。
現場にはコインや花などの「お供え物」が置かれ、写真を撮るために人々が列をなすほどの人気スポットに。
さらには「この穴は本当にネズミの痕なのか?」という疑問も生まれ、地元メディアや科学者までも巻き込んだ大騒動に発展します。
そんな中、米テネシー大学(UT)が調査に乗り出したところ、この穴の正体はネズミではなく、リスによるものであることが明らかになったのです。
研究の詳細は2025年10月15日付で科学雑誌『Biology Letters』に掲載されています。
目次
- 「本当にネズミ?」科学的アプローチで判明した意外な真相
- “身近な謎”を科学で解く面白さ
「本当にネズミ?」科学的アプローチで判明した意外な真相
科学者たちは、この歩道のくぼみについて独自の調査に乗り出しました。
本格的な分析を行ったのは、テネシー大学ノックスビル校の生体力学者マイケル・グラナトスキー博士らの研究チームです。
彼らは調査の末、「このくぼみはネズミではなくリスによるものだった」と結論づけました。
しかし、調査には大きな壁がありました。
人気が高まりすぎて地元住民の迷惑になったことから、シカゴ市がこのコンクリート板ごと撤去してしまったのです。
そこで研究者たちは、ネット上に投稿された「くぼみとコインが一緒に写った25枚の写真」を元に、スケールを算出し、8種の地元齧歯類の標本(剥製)と比較分析しました。
Had to make a pilgrimage to the Chicago Rat Hole pic.twitter.com/g4P44nvJ1f
— Gatorade Should Be Thicker. (@WinslowDumaine) January 6, 2024
分析では、体の各部位――鼻先から尾の付け根、前肢の長さ、後ろ足の長さ、頭幅、尾の付け根の幅など――を細かく測定し、ネズミだけでなく、リスやマスクラット(アメリカジャコウネズミ)などの可能性も検討しました。
その結果、最も一致率が高かったのは「トウブハイイロリス(Sciurus carolinensis)」と「キツネリス(Sciurus niger)」で、それぞれ50%前後の一致率となりました。
一方で、いわゆる「ドブネズミ(Brown rat)」の特徴とは、どの部位も明らかに異なっていたのです。
またチームは「リスは日中によく活動し、コンクリートがまだ柔らかい時間帯に歩道で事故に遭った可能性が高い」と考察しています。
ネズミは夜行性で、人目を避けて行動するため、昼間に“型”を残す可能性は低いのです。
「ネズミっぽい」と思わせた最大の要因は、尻尾部分の細さでした。
しかしリスの尻尾は普段ふさふさに見えますが、毛の下の“芯”は意外にもネズミの尻尾とよく似ているのです。
しかも、コンクリートは細かい毛のディテールまで記録できるほど繊細な素材ではありません。
“身近な謎”を科学で解く面白さ

この研究は決して“ノーベル賞級”の大発見ではありません。
しかしチームは「身近な現象に科学的アプローチで挑むことの楽しさ」を多くの人に伝えたいと語っています。
「科学的探究の第一歩は“好奇心”と“観察”です。それは専門家だけのものではなく、日常の中で誰もが体験できるものです」と論文著者は述べています。
SNS時代、バズった話題もネタで終わらせず、「調べてみたら意外な真実が!」というのは科学ニュースならではの面白さではないでしょうか。
今後も、こうした「身近な謎」が新たな科学の扉を開くきっかけになるかもしれません。
参考文献
The viral ‘Chicago Rat Hole’ wasn’t actually made by a rat, scientists claim
https://www.livescience.com/animals/land-mammals/the-viral-chicago-rat-hole-wasnt-actually-made-by-a-rat-scientists-claim
Chicago’s viral ‘rat hole’ was not made by a rat after all, new study finds
https://phys.org/news/2025-10-chicago-viral-rat-hole.html
元論文
Rodent indent not self-evident: a case of mistaken identity of the ‘Chicago Rat Hole’
https://doi.org/10.1098/rsbl.2025.0343
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部