福岡市東区の水族館「マリンワールド海の中道」で飼育されていたオスのラッコ、リロが2025年1月4日の朝、死亡しました。
これで、国内で飼育されているラッコは三重県の「鳥羽水族館」で飼育されているメイとキラだけになってしまいました。メイもキラもメスなので、国内での繁殖はもう望めません。
かつて日本全国の水族館で人気を誇ってきたラッコ。ブーム時には120頭以上がいたことを思うと、この現状は驚くべきものがあります。
日本の水族館のラッコはなぜ数が減ってしまったのでしょうか。ラッコは日本の水族館からこのまま姿を消してしまうのでしょうか。今回はその背景について詳しく見ていきます。
目次
- なぜラッコは減少してしまったのか?
- ラッコ飼育、もうひとつの問題と新しいアイドルの登場
なぜラッコは減少してしまったのか?
日本の水族館で飼育されている最後のラッコ、鳥羽水族館のメイとキラ。
ラッコの飼育下での寿命は20年ほどといわれています。
メイとキラの2頭は飼育下での平均寿命に近づいてきており、この2頭がいなくなると日本の水族館からラッコが消えることになります。
一世を風靡した日本の水族館のラッコはなぜここまで減ってしまったのでしょうか。
最大の理由は、飼育下で子孫が残せなかったことにあります。ラッコの繁殖は予想以上に難しかったのです。
繁殖の難しい動物のひとつにジャイアントパンダがいます。上野公園での繁殖はなかなか大変でした。それが和歌山県白浜町にあるアドベンチャーワールドでは順調に進んだということがあります。
飼育下にいる動物はペアになれる相手が限られています。野生化ではお互いに相手を選べるのでしょうが、飼育下ではそういうわけにはいきません。相性とタイミングが合えば繁殖にこぎ着けることができるということなんですね。
日本の水族館では残念ながらラッコの子孫を残すことがかないませんでした。

もうひとつの大きな要因は、ラッコがワシントン条約で保護されている動物だということです。
ラッコの生息域は北太平洋で、これまではアメリカからラッコを輸入していました。しかし、1998年にアメリカ政府が野生のラッコの輸出を禁止したのです。
このため、どこの水族館でも新規にラッコを飼育することはできなくなりました。
ラッコはカナダにも少数いるのですが、カナダではラッコを厳重に保護しており、最初からラッコの輸出は禁止。ほか、カムチャツカ半島にも生息していますが、ラッコはロシアでも保護されており、輸出の実績はほぼありません。
繁殖がだめなら輸入に頼ることもできなくなってしまったというわけです。
そもそも、ラッコはどうしてこんなに数が減ってしまったのでしょう。
ラッコはイタチの仲間で最大の動物です。元は北太平洋沿岸に広く生息していました。そして冷たい北の海で生きるため、とても密度の高い毛が生えています。もう、もっふもふ。

冷たい海に住む他の哺乳類と比べて体が小さく相対的に脂肪の層も薄いため、毛皮を最高にもふもふさせ、さらにその毛の中に空気をよく含ませることで暖かく保っているのです。
でも、こうした上質な毛皮と警戒心の薄さから18世紀後半から乱獲され、19世紀には壊滅的に数が減ってしまいました。20世紀初頭には絶滅寸前。
1891年と1893年、アメリカ、イギリス、ロシアが北太平洋のラッコ、オットセイの捕獲条約を締結しました。そのため、千島列島を南下して自由にラッコ猟のできる北海道、金華山沖、塩屋崎沖の領海まで進出してラッコ猟を始めたのです。
日本政府は1895年にラッコ、オットセイ猟法を公布。これは保護ではありません。外国船団にラッコを獲られてしまう前に、自国で獲ってしまえということです。
1897年に遠洋漁業奨励法を公布して外国船団に対抗し、日本の海獣猟業は急速に発達しました。ラッコやオットセイを獲りまくったわけです。

1897年頃、外国船団は日本沿岸に姿を見せなくなりました。
要するに毛皮のために乱獲され、絶滅の危機に瀕したのです。乱獲されて絶滅した生物は、「簡単に獲れる」「美味しいか毛皮目当て」のことが多いですね。後先考えない人間の欲のせいで消えていくのです。
その後、1911年にアメリカ、ロシア、日本、イギリスの4か国が「北太平洋アザラシ条約」を締結し、ラッコを含めた海獣類の保護を開始しました。
それでも数の回復には時間がかかり、依然として低迷する個体数。そのため、ワシントン条約で保護されるようになりました。
そんな中、1989年に起きたタンカーの座礁事故は悲劇でした。ラッコに原油が付着した結果、体毛が海水で濡れてしまい体温を奪われて凍死、もしくは体毛の間にたっぷりと空気を含ませることができなくなり、浮力が減少して溺死して、1000頭あまりのラッコが死んでしまったのです。
ここまでが、日本の水族館からラッコがいなくなる理由と、そもそもラッコがどうして保護されるに至ったかのあらましです。

ラッコ飼育、もうひとつの問題と新しいアイドルの登場
水族館はもうひとつ、別の問題を抱えていました。
ラッコは北太平洋に棲息するため、飼育するプールの水温は低く保つ必要があるほか、水は清潔でないと適切な体温調節と浮力を得られません。施設の管理に手がかかります。
さらにラッコの餌はウニ、貝、甲殻類といった高級食材。しかも1日に体重の25%の量を食べます。メスで15~30kg程度の体重があるので、仮に体重が20kgだったとしたら毎日5kgの高級食材を平らげているわけです。
餌代はひと月いくらになるでしょうか。
私たち、毎日ウニとかカニなんて食べられませんよね!そういうのはたまのご馳走です。
でもラッコはそれが日々の「ごはん」なんです。もう「餌」とかいえません……。

あ、でも鳥羽水族館で与えているのは、貝、イカ、カジキ、タラ、エビ、カニあたりだそうです。さすがにウニは無理か。
ラッコは繁殖の難しさに加えて、施設の維持管理、そして餌の確保とその値段という飼育にとてもコストのかかる動物だということがいえるのです。
そして、このタイミングでコツメカワウソが新たなアイドルとして登場しました。
コツメカワウソは日本でも繁殖に成功しているだけでなく、肩に乗せて写真を撮るようなふれあいもできるなど集客しやすい点が大きいだけでなく、餌はラッコのような高級食材を用意する必要がないため、コスト的にも大きなメリットがあります。
ちなみに江ノ島水族館で与えているのは、むきエビ、アジ、バナメイエビ、ニジマス、むきアサリだそうで、割と庶民的。日本人の普段のおかずに近いですね。
それでも体重の20%食べるのですが、コツメカワウソの体重は軽く、3kg前後~5kg前後。5kgだとしても餌は1日1kgで、ラッコよりずっと少ないです。幸いなことに繁殖例も出てきました。
ガラス越しに見ているだけでも癒されて、時間があっという間に溶けてしまうラッコですが、コツメカワウソだと肩に乗せて写真撮影したり、握手できたりする水族館もあります。
雲の上のスターと、握手会に参加できる身近なアイドルぐらいの開きがあります。
水族館でもアイドル像は変遷していくということでしょうか。
可愛いコツメカワウソと握手できるとしたら、ちびっ子たちは大喜びですね。もしかしたら大きなお友だちも大喜びかも。

ラッコよりローコストで集客もばっちりだとしたら、日本の水族館からラッコが消える日が来ても、めちゃくちゃ大きな喪失感は感じないで済むということになるのでしょうか。
いやいや、やはりラッコはラッコでとても可愛い動物です。もうリアルなラッコを間近に見られなくなるのはとても残念です。
子パンダを抱っこして写真が撮れる(料金高いのに)という理由が大きくて中国四川省を旅する人もいる時代です。ラッコは抱っこできませんが、将来的には生きて動く姿を見るために海外旅行するという選択肢も出てくるでしょう。
ラッコのいる海外の水族館だとアメリカ合衆国がダントツで多くなっています。

中でもカリフォルニア州のモントレー・ベイ水族館(https://www.montereybayaquariuhttps://www.montereybayaquarium.org/m.org/)ではラッコの保護も行っています。ここではラッコは地元の生き物。当然飼育されているわけですが、展望スペースからモントレー湾を眺めると……
ラッコが泳いでいることがあります。運が良ければ野生のラッコも観察できるでしょう。
毎回見られるわけではないと思いますが、フィッシャーマンズワーフあたりでも野生のラッコが見られるという情報もあるので、ラッコ目当てで行くならモントレー・ベイ水族館がおすすめかもしれません。
ちなみにモントレー・ベイ水族館はラッコのライブカメラもあります。この円安の折に海外旅行なんてという方は、リアルではありませんが、ぜひこちらを。
モントレー・ベイ水族館ラッコのライブカメラhttps://www.montereybayaquarium.org/animals/live-cams/sea-otter-cam
実は野生のラッコは日本にも生息しています。
北海道の道東、霧多布岬沿岸では、野生のラッコが数頭見られるようになり、季節になると子育てをする様子を観察できることも出てきました。
日本でもアメリカのように、野生のラッコをいつでも問題なく観察できる日が来るといいですね。数が増えることを祈りましょう。人間を警戒しなくなれば、近くまで寄ってきてくれる日も来るかもしれません。
ラッコは興味深い生態と可愛いルックスを持つ希少動物。水族館で簡単に会えるならこんな幸せなことはありませんが、一番の幸せは野生の状態で十分に増えてくれることです。
残念なことに、日本の水族館からはラッコが消える日は近づいています。

参考文献
ラッコ 国立科学博物館
https://www.kahaku.go.jp/research/db/zoology/marmam/pictorial_book/e_lutris.html
ラッコ船 塩竈市役所 市民生活部 浦戸振興課
https://urato-island.jp/history/seaotter/
らっこちゃんねる
https://seaotter.jimdofree.com/
ライター
百田昌代: 女子美術大学芸術学部絵画科卒。日本画を専攻、伝統素材と現代素材の比較とミクストメディアの実践を行う。芸術以外の興味は科学的視点に基づいた食材・食品の考察、生物、地質、宇宙。日本食肉科学会、日本フードアナリスト協会、スパイスコーディネーター協会会員。
編集者
ナゾロジー 編集部