【木のように生きる建物】CO2を吸収・貯蔵する「建築材料」を開発

サイエンス

歴史的に人は木を伐採し、無機質な建物を都市に増やしてきました。

しかし、それによって私たちは大気中の二酸化炭素(CO2)を増加させ、地球環境への負荷を高めてきたとも言えるでしょう。

そんな現代の課題に対し、チューリッヒ工科大学(ETHZ)が驚くべき研究成果を発表しました。

彼らが開発したのは、光合成を行いながらCO2を吸収・固定できる「生きた建築材料」です。

まるで植物のように“呼吸する”この素材は、未来の建築を根底から変える可能性を秘めています。

この研究成果は、2025年4月23日付の学術誌『Nature Communications』に掲載されました。

目次

  • 二酸化炭素を貯蔵する「生きた建材」とは?
  • 3mの柱が最大18kgの二酸化炭素を吸収!建築物が“呼吸”する未来へ

二酸化炭素を貯蔵する「生きた建材」とは?

建築と環境保全の両立は、近年大きな関心を集めています。

特に、建築業界が世界のCO2排出の大きな割合を占める中、構造物自体がCO2を吸収・貯蔵できる素材の開発は、持続可能な社会への鍵といえるでしょう。

ETHZの研究チームは、この課題に対して「生きた建築材料」という斬新なアプローチを試みました。

その中核にあるのが、シアノバクテリア(藍藻)という微生物です。

これは地球上で最も古い光合成生物の一つで、水と光とCO2さえあれば、有機物(バイオマス)を生成できます。

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シアノバクテリアを閉じ込めた3Dプリンタで形成可能な建材 / Credit:Dalia Dranseike(ETHZ)et al., Nature Communications(2025)

研究チームは、シアノバクテリアの一種を特殊なハイドロゲルの中に封じ込めることで、光・水・CO2・栄養が内部に届きやすく、細菌が生きたまま活動できる人工素材を構築しました。

この素材は3Dプリンターで成形が可能で、硬化後もゲルの中で細菌は生存し、光合成を続けます。

内部構造は、光が通りやすいように設計されており、必要な栄養分が毛細管現象によって素材全体に行き渡るよう工夫されています。

研究の目的は、「二重の炭素固定」の実現です。

これは、シアノバクテリアが成長する過程でCO2を有機物(バイオマス)として取り込む可逆的な固定と、光合成により周囲の化学環境を変化させ、炭酸カルシウムや炭酸マグネシウムといった鉱物としてCO2を不可逆的に固定する、2つのメカニズムを指します。

これにより、短期的にも長期的にもCO2を封じ込めることができる、非常に効率の良い炭素吸収システムが実現されました。

3mの柱が最大18kgの二酸化炭素を吸収!建築物が“呼吸”する未来へ

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樹齢20年の松の木と同じ炭素吸収率を誇る「生きた柱」 / Credit:ETHZ_EurekAlert

この生きた建築材料は、どれほどの炭素吸収力を持つのでしょうか?

実験によれば、光合成を続けることで、1gあたり30日間で約2.2mgのCO2を吸収でき、さらに400日間の長期実験では最大26mg/gのCO2を鉱物として固定できたといいます。

これは一般的な藻類や木材系素材に比べても高性能であり、再生コンクリートによるCO2固定(約7mg/g)よりもはるかに効率的です。

また、素材の内部で生じる鉱物の蓄積によって剛性(硬さ)や強度も向上していき、建材としての安定性も高まっていきます。

さらに研究チームはこの技術を建築レベルにスケールアップし、2025年のヴェネツィア・ビエンナーレで実際のインスタレーションを公開しました。

「Picoplanktonics」と題された作品では、3m級の“生きた柱”が展示され、1本あたり年間最大18kgのCO2を吸収可能であると試算されています。

これは樹齢20年の松の木とほぼ同等の吸収力です。

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Dafne’s Skin / Credit:Dafne’s Skin_Zita Oberwalder

また、ミラノ・トリエンナーレの展示「Dafne’s Skin」では、木製外装に微生物が生成する緑のパティーナ(被膜)が現れ、美的効果と炭素固定を同時に達成するという“美しく老いる建築”の試みがなされました。

将来的には、こうした素材を外壁や屋根のコーティング材として活用することで、都市そのものが巨大な炭素吸収体となる未来も考えられます。

とはいえ実用化には素材の耐候性や都市環境への適応といった課題の解決が求められます。

ETHZでは現在、建築家やエンジニアと連携して、都市スケールでの応用可能性を検証中です。

CO2を吸収できるこの「生きた素材」が、コンクリートに代わる新たな建材として普及する日も、そう遠くはないかもしれません。

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参考文献

A building material that lives and stores carbon
https://www.eurekalert.org/news-releases/1088213

scientists create living building material that stores carbon dioxide using growing bacteria
https://www.designboom.com/technology/scientists-living-building-material-stores-carbon-dioxide-growing-bacteria-eth-zurich-06-21-2025/

元論文

Dual carbon sequestration with photosynthetic living materials
https://doi.org/10.1038/s41467-025-58761-y

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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