【仮想火災】AR×AIの消防訓練で消防士の死亡事故を減らす

ARやVRは、もともとゲームやエンタメの分野で活躍してきましたが、いまでは命を守る訓練にも活用され始めています。

アメリカのジョージ・メイソン大学(George Mason Universiry)の研究チームは、AIとARを組み合わせた全く新しい消防士訓練プログラムの開発に取り組んでいます。

このプロジェクトは、従来の訓練で避けられなかった危険を減らし、より多くの消防士の命を守ることを目指す最先端の研究です。

詳細は、2025年5月22日付の『プレスリリース』にて発表されました。

目次

  • 消防士の死亡事故の16.6%は訓練中に発生!仮想訓練が役立つ!?
  • AR×AIが変える消防士訓練の最前線

消防士の死亡事故の16.6%は訓練中に発生!仮想訓練が役立つ!?

近年では,AR(拡張現実)の技術が様々な場面で活用されています。

ARとは、スマートフォンや専用ゴーグルを使って、現実の風景にデジタルの映像や情報を重ねて表示する技術です。

たとえば、スマホ越しに見ると部屋に家具や恐竜の3Dモデルが現れるなど、現実とデジタルが一体化するような体験ができます。

また仮想空間に没頭できるVR(仮想現実)や、現実世界と仮想世界を高度に融合・同時操作が可能なMR(融合現実)の技術も進歩しています。

これらの技術は近年、家具の配置シミュレーションや博物館のバーチャル展示、医療リハビリやスポーツトレーニングなど多彩な分野で活用が進んでいます。

しかしそれだけではありません。

医療や宇宙飛行士の訓練、工場の安全教育など、命にかかわる現場での利用も拡大しつつあるのです。

たとえば消防士の訓練は、実際の火災現場に近い状況を再現する必要があるため、従来は建物に火をつけたり、煙を充満させる「実地訓練」が主流でした。

こうした訓練では火傷や一酸化炭素中毒など、現実にケガや命の危険がつきまといます。

事実、2024年にはアメリカ国内で発生した消防士の死亡事故のうち、16.6%が訓練中に発生しています。

そうした訓練における、筋肉や関節のケガ、熱中症、強いストレスなども日常的に問題となっています。

また、施設の制約や安全基準の関係で、本物の火事現場とまったく同じ状況を再現するのは非常に難しいのが現実です。

しかし訓練のリスクを下げようとすればするほど、現場に近い緊張感や判断力を十分に養えないという課題もありました

そこで役立つのが、ジョージ・メイソン大学のプロジェクトです。

AR×AIが変える消防士訓練の最前線

ジョージ・メイソン大学の新しいプロジェクトでは、まず訓練を行う部屋や建物を3Dスキャンやデジタルツイン技術で仮想空間に再現します。

AIがその空間を解析し、家具の配置や出入口の位置を把握した上で、どこで火が発生しやすいか、どこに要救助者がいる可能性が高いかを推定します。

この情報をもとに、現実空間に3Dの炎や煙、要救助者をARで重ねて表示。

消防士はARゴーグルやスマートフォンを使い、実際の部屋の中で、目の前で燃え広がる炎や煙、救出を待つ市民を体験しながら、消火や救助活動のシミュレーション訓練ができます。

このシステムの大きな強みは、訓練内容を消防士の経験レベルや習熟度に合わせて柔軟に調整できることです。

たとえば新人消防士には火元が1カ所だけのシンプルなケースを用意し、経験豊富な隊員には複数の火災現場や同時多発的な救助活動など、より難易度の高い状況を設定することができます。

本物の火事訓練では再現が難しい、複雑な建物や多数の市民を想定したシナリオにも対応可能です。

さらに、AIが訓練中の動きや判断の記録をリアルタイムで解析し、どこで判断が遅れたか、救助の手順が適切だったかなど、細かな評価を行うこともできます。

そのデータを活用して、次回以降の訓練内容を自動で最適化し、個人ごとに苦手克服のための課題を出すこともできるでしょう。

現在、このプロジェクトはフェアファックス郡の消防・救助隊と連携し、現場の声を取り入れながら開発されています。

ARやVR、AIといった最先端技術は、単なる便利な技術から、命を守るための強力な手段へと進化しています。

もちろん、研究チームが指摘しているように、これらが「実際の消防訓練に取って代わる」ことはありません。

それでも、安全な拡張現実での訓練を受けた後に、危険な現実の消防訓練に参加することは、消防士たちの命を守ることに繋がるはずです。

今後は消防士訓練に限らず、さまざまな現場でこうした技術の応用が検討される可能性があります。

全ての画像を見る

参考文献

Trial by virtual fire: Augmented reality project tailors training for firefighters
https://www.gmu.edu/news/2025-05/trial-virtual-fire-augmented-reality-project-tailors-training-firefighters

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

タイトルとURLをコピーしました