よくある嘘っぽい広告の話ではありません。
台湾の弘光科技大学(HungKuang University)を中心に、日本の京都大学iPS細胞研究所(CiRA)やアメリカのペンシルベニア大学(UPenn)などの共同研究チームによって行われた研究により、ツボクサという植物が作る超微小な袋状の小胞(EV)と髪の成長を促す成長因子を組み合わせた新しい頭皮用エッセンスを使うと、わずか8週間で髪が太く、密度も高くなり、さらに長さの伸びるスピードも速くなることが臨床試験で報告されました。
さらに髪の密度はエッセンスを使っていないグループの約2倍にあたる24%アップを記録し、視覚的にも髪の量が大幅に増えていることがわかります。
このコンビがなぜ効くのか、研究者は植物の小胞が成長因子を髪の毛根まで上手く届ける「相乗効果」が鍵だと推測しています。
研究内容の詳細は2025年9月12日に『medRxiv』にて発表されました。
目次
- ツボクサの細胞から放たれる小胞(EV)に着目
- わずか8週間で髪密度24%アップ! “植物EV”が導く新しい育毛科学
- 「混ぜたら上手くいった」──それでも意味がある理由
ツボクサの細胞から放たれる小胞(EV)に着目

もしかすると、髪の毛には宅配便が必要だったのかもしれません。
お風呂の排水口に絡まる抜け毛や、朝起きたとき枕についている髪の毛を見て、「あぁ、もっと簡単に髪が増えたらいいのにな…」と思ったことはありませんか?
実際、男性の約半数、女性でも3~4割が一生のうちに薄毛に悩むとされています。
つまり、薄毛の悩みはもはや特別なものではなく、とても身近な問題です。
こうした薄毛対策として育毛シャンプーや市販の育毛剤が使われますが、劇的な改善はなかなか難しいのが現実です。
そのため、病院で処方される医薬品を使うケースも増えています。
代表的なのは「ミノキシジル」という頭皮に塗る薬(毛根を刺激して髪を育てる働きがある)と、「フィナステリド」という飲み薬(脱毛を引き起こすホルモンの働きを弱める)です。
ただし、これらの医薬品は使っている間は効果がありますが、やめると元に戻ってしまったり、場合によっては副作用が出ることもあります。
こうした課題があるため、近年はもっと安全で使いやすい新たな方法が求められていました。
そこで研究者たちが注目したのが、ツボクサという植物です。
ツボクサはインドや東アジアで「傷や火傷の治りを早める薬草」として古くから利用されてきました。
この植物に含まれる成分は、皮膚の細胞がコラーゲンというタンパク質を増やすのを助けたり、傷ついた皮膚を修復する作用があると、多くの研究でわかっています。
最近は傷だけでなく、スキンケア製品にも使われ、肌に潤いやハリを与えるとされます。

さらに近年の研究で、ツボクサの細胞が作り出す「小胞(EV)」(細胞が放つ極小の膜の袋)も注目されています。
小胞といわれると難しそうですが、要は「植物細胞の一部の成分を詰め込んだ、目に見えないほど小さな宅配便」のようなものです。
この小胞は直径数十~数百ナノメートル(1ナノメートルは1ミリの100万分の1)という極小サイズで、植物が作ったタンパク質や遺伝情報、栄養分を運ぶ役割があります。
こうした小胞が人の皮膚細胞にまで届いて、中の成分を送り込むことで効果を発揮することもわかってきました。
ツボクサ由来の小胞を使った肌ケアの研究も進み、28日間使うと肌の水分や弾力、キメが良くなるという報告もあります。
予備的な臨床研究でも、ツボクサの小胞が肌の潤いやハリを改善する可能性が示されています。
つまり、植物が作る小さな宅配便が実際に人の肌細胞にも届き、役立つ証拠が増えてきたのです。
コラム:ツボクサの何が特別なのか?
ツボクサは、インドや東南アジア、中国などの湿地帯に自生する、セリ科の小さな植物です。昔から伝統医学の世界では重宝されてきて、傷や火傷を治す薬草として知られているほか、インドの伝統医学アーユルヴェーダでは、記憶力や集中力を高める効果があるとして長く愛用されています。欧州医薬品庁(EMA)のハーブ評価書や総説論文は、ツボクサ抽出物が創傷治癒の過程でコラーゲン合成や血管新生を後押しし、炎症シグナルを和らげる可能性を整理しています(有効成分群:アシアチコシド、マデカッソシド、アシアチン酸、マデカッシン酸など)。
では、近年よく耳にする「ツボクサの小胞(植物由来EV)」はなぜ特別視されるのでしょう?ポイントは“中身”と“運び方”の相性にあります。まずツボクサは、先述のトリテルペンをはじめ、抗酸化・抗炎症に関わる成分群に富んでいます。次に、植物が自ら放出する極小の膜の袋——植物由来の小胞は、タンパク質や脂質、RNAを包んで細胞にメッセージを届ける“天然の小包”です。皮膚領域のレビューでは、こうした植物小胞が角層の脂質と親和しやすく、角化細胞や線維芽細胞に取り込まれて、細胞移動の促進、炎症の鎮静、血管新生の後押しといった創傷治癒の主要ステップを多面的に支えうると述べられています。つまり「ツボクサが得意な中身」を「皮膚に届きやすい形」で運べる——この素材×デリバリーの整合性が“特別”とされる理由です。
この発想を髪の毛にも応用できないか――研究チームはそんな新しいアイデアを考えました。
これまでも髪を育てる「成長因子」というタンパク質が注目されてきましたが、単独で使っても毛根にうまく届かず、十分な効果を発揮できないことがありました。
一方、ツボクサの小胞は肌の修復には役立つものの、髪を増やす成分としては限界がありました。
そこで、「成長因子をツボクサの小胞と一緒に頭皮へ届けたら、もっと効率よく髪を育てられるのではないか?」という着想が生まれたのです。
その第一歩として研究者たちは、ツボクサの小胞と成長因子を「とりあえず混ぜて」人間の逃避に使用してみることにしました。
わずか8週間で髪密度24%アップ! “植物EV”が導く新しい育毛科学

髪の成長に「植物の宅配便」が効くのかどうか、本当に調べるためには、しっかりとした科学的方法で検証する必要があります。
そこで今回の研究チームは、「研究に参加した18〜60歳の男女60人をランダム(無作為)に5つのグループに分け、誰がどのグループに属しているかは本人も研究者も最後まで知らない状態で実験を行ったのです。
こうすることで、「思い込み」による影響をなくし、より信頼できる結果が得られる仕組みになっています。
5つのグループはそれぞれ違う処方の頭皮エッセンスを毎日1回、8週間(56日間)にわたり使い続けました。
エッセンスの種類は以下のようなものでした。
1つ目は「プラセボ」と呼ばれる、有効成分を全く含まない液体です(比較の基準)。
2つ目は「基本成分」として、カフェイン(0.1%)とパントテン酸(ビタミンB5)だけを含む液体。
3つ目は「基本成分」に加えて、髪の成長を促すタンパク質「成長因子(IGF-1、FGF-7)」を含んだ液体です。
4つ目は「基本成分」に、前述のツボクサから取れる小さな袋(植物由来EV)を加えた液体。
そして5つ目が、この「基本成分+成長因子+ツボクサEV」のすべてを盛り込んだ贅沢な処方でした。
(※なお、今回の試験は「基本成分+成長因子+ツボクサEV」を単純に配合したものであり、成長因子そのものを小胞の中に詰めて運んだわけではありません。)
このエッセンスを使い続けることで、本当に髪や頭皮が改善したかどうかをチェックするため、研究チームは5つの主要な指標を測定しました。
具体的には、頭皮のベタつき(皮脂の量)、髪の長さの伸び具合、毛一本一本の太さ、髪の密度(一定面積あたりの毛の本数)、抜け毛の量の5つです。
測定は実験開始時(0日目)と、その後2週間ごと(14日目、28日目、42日目、56日目)に行い、どれだけ変化したのかを調べました。
まず、頭皮の皮脂量の変化についてです。
皮脂とは、頭皮の毛穴から分泌される油分のことで、あまり多すぎると頭皮がベタつき、髪の成長にもマイナスになることがあります。
実験期間中、どのグループでも皮脂の量が徐々に減る傾向がありました(季節などの影響も考えられます)。
しかし最も顕著な改善を示したのは、植物EVと成長因子を両方含む5つ目のグループ(E群)でした。
56日目には皮脂が開始時に比べて59%も減少し、プラセボ群の47%減より明らかに良い結果でした。
これは頭皮がベタつきにくくなり、髪が健康に育ちやすい環境が整ったことを示唆しています。
次に、髪の長さの伸び具合を見てみましょう。
通常、髪は1ヶ月に約1cmほど伸びるとされています。
そのため、プラセボ群も一定の伸びが見られましたが、5つ目のグループはなんと開始から14日目にはすでに差が出はじめました。
そして56日後には、平均して累計3.5cmという伸びを記録しました。
この結果は、成長因子と植物EVのコンビネーションが髪を生やす毛根の細胞(毛母細胞)をより早く活性化させた可能性を示しています。
さらに髪一本一本の「太さ」の変化も注目です。
実験期間中、どのグループでも髪の太さは多少なりとも増加しました。
しかし5つ目のグループ(E群)の増加は平均で27.9マイクロメートル(約0.03ミリ)と、プラセボ群の13.9マイクロメートル(約0.014ミリ)のおよそ2倍を達成しました。
これを例えるなら、細くて頼りなかった糸が、しっかりしたコシのある糸に変わったような印象です。
また興味深いのは、植物EVだけのグループに成長因子を加えたことで、より毛が太くなったことです。
成長因子が毛の成長を促す役割を持ち、植物EVが毛根にその成長因子をうまく届けることで、効果が高まった可能性があります。
次は髪の「密度」、つまり毛の本数です。
人の髪の毛には、成長期(毛が伸びる時期)と休止期(毛が抜けやすい時期)というサイクルがあるため、特に何もしないプラセボ群でも髪が若干増えることがあります。
実際、この実験でもプラセボ群でも髪が少し増えました(自然回復や心理効果と考えられます)。
しかし全成分入りの5つ目のグループはその倍以上の効果を出しました。
開始時より23.9%も髪の密度が増え、プラセボ群の11.9%増を明らかに上回ったのです。
これは、成長因子が毛を作り出す細胞を刺激し、植物EVがその効果を助けることで、「眠っていた毛根が目を覚ました」ような状態を示す結果といえます。
実際に参加者の頭頂部の写真を見ても、地肌の透け感が明らかに減り、髪が濃くなったことが確認できました。
最後に抜け毛の変化を確認しました。
ブラシでとかしたときに落ちる毛の量を調べると、すべてのグループで期間中に抜け毛が減少しました(標準的なヘアケアの効果かもしれません)。
しかし統計的に明らかな差がプラセボ群より出たのは、全成分入りの5つ目のグループ(E群)のみでした。
56日目には抜け毛の量が開始時より63.6%も減少し、プラセボ群の43.1%減を大きく上回ったのです。
この結果は、植物EVと成長因子の組み合わせが、抜け毛を抑える効果をより明確に示したと考えられます。
「混ぜたら上手くいった」──それでも意味がある理由

この研究の最大の収穫は、植物由来の小胞(EV)と髪の成長を促す成長因子という、ふたつの異なる性質の物質を組み合わせた頭皮エッセンスが、人の髪や頭皮の健康に良い影響を与えた可能性を科学的に示したことです。
特に重要なのは、この組み合わせが短期間(わずか2か月)で複数の指標に改善をもたらした点です。
髪が太くなり、本数が増え、伸びる速さまで改善したことは、従来の育毛製品の結果と比べても多面的な変化が観察されたといえます。
さらに、頭皮のベタつきを抑える皮脂の量が減り、抜け毛も少なくなるという結果が得られた点も注目されます。
別の表現をすると、これは「髪を育てる土壌の手入れ」と「実際の髪の成長」を同時に促す、新しい二刀流の頭皮ケアだといえます。
これまで市販の育毛剤や病院の薬を使っても効果を実感しにくかった人、副作用が心配だった人にとって、今回のアプローチは新しい希望となる可能性があります。
また、この研究は台湾、日本(京都大学iPS細胞研究所)、アメリカ(ペンシルベニア大学)など複数の国の研究者が参加しており、国際的な共同研究として信頼性の高い体制で行われました。
そのため、研究としての信頼性や今後への期待という意味でも、非常に興味深い結果といえます。
とはいえ、この研究が完璧というわけではなく、いくつかの限界もあります。
ひとつは、試験期間が8週間(56日)と短いため、長期的に効果が続くかどうかはまだわからない点です。
また現段階ではツボクサの小胞の中に成長因子が入り込んだのか、それが頭皮の細胞に有効成分が届けられる割合をどう増やしたのかも今回は分析されておらず、とりあえず「混ぜたら上手くいった」という段階に留まっています。
それでも、この研究結果がもつ意義は大きいといえます。
研究チームによると、植物由来の小胞と成長因子を人の頭皮に同時に使う臨床試験は、これまで報告がほとんどなかった新しい試みです。
つまり、今回の成果は髪と頭皮の科学に新しい方向性を開いたといえます。
また、この製品は医薬品ではなく化粧品として設計されているため、副作用のリスクが低く、日常的に使いやすい点も特徴です。
もちろん、長期的な安全性や効果の持続性は今後の検証が必要ですが、化粧品レベルでこれほど多面的な良い結果が得られたことは、今後の頭皮ケア製品開発にとって大きな手がかりとなります。
研究チームは今後、より長期間の追跡調査を行い、効果が持続するか、安全性が確立できるかを確認する計画を立てています。
さらに、成長因子や植物EVが毛根でどのように働くかを明らかにする仕組みの研究も続けられる予定です。
「太く、多く、長く」という結果が得られた今、この研究は頭皮ケアの新しい時代を切り開く一歩となる可能性があります。
元論文
A 56-Day Randomized, Double-Blinded, and Placebo-Controlled Clinical Assessment of Scalp Health and Hair Growth Parameters with a Centella asiatica Extracellular Vesicle and Growth Factor-Based Essence
https://doi.org/10.1101/2025.09.10.25335404
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部