AIの進化を見ていると、ふとこんなことを考えたことはありませんか?
いつかAIが人間を管理する世界が来るのではないか。
そんなSFのような未来を語るのは、もはやネット掲示板の陰謀論者だけではありません。
生成AIや顔認識、音声解析、脳波スキャンなど、AIの技術は驚異的なスピードで進化しています。
そして実は、人間よりも一足先に「AIに管理される日常」を送っている生き物たちがいるのです。
その代表格がサーモン(鮭)です。
近年、ノルウェーの海上ではAIによるサーモン養殖が始まっています。
これは単なる養殖技術の進化ではなく、「AIが生物を統治する社会」の予行演習とも言える光景です。
では、「生物がAIに管理される」とはどのようなことなのでしょうか。
そしてその先に、人類が管理される未来は本当にありうるのでしょうか。
目次
- 従来のサーモン養殖の限界と「AIによる次世代サーモン養殖」
- AIがサーモンを管理する世界が訪れる!将来は……?
従来のサーモン養殖の限界と「AIによる次世代サーモン養殖」

魚介類は世界の30億人にとって主要なタンパク質源であり、良質な脂質も含んでいます。
中でもサーモンは人々から愛されており、サーモン養殖も盛んに行われています。
そしてサーモンの飼料要求率はおよそ「1対1」です。
つまり、サーモンの体重を1kg増やすのに必要なエサの量は1kgです。
一方、ウシは1kgの体重増加のために8~12kgのエサを必要とします。
このことを考えると、私たちが欲するタンパク質量を満たすために、サーモン養殖がいかに効果的かが良く分かります。

では、従来のサーモン養殖はどのようなものでしょうか。
ノルウェーやチリなど、サーモン養殖が盛んな地域では、巨大な海上ネットの中に数千、時にはそれ以上のサーモンを放して育ててきました。
一見して効率の良い方法に見えますが、そこには多くの問題が潜んでいました。
たとえば、密集した環境ではウイルスや寄生虫の蔓延を防ぎにくく、病気が広がりやすくなります。
また、サーモンがどれだけ餌を食べたかを正確に把握できず、餌を過剰に与えることによって海が汚染されることもあります。
さらに、健康な個体と弱った個体が混在することで管理が難しくなり、出荷の効率も低下してしまいます。

こうした課題を解決するために登場したのが、企業「Tidal AI」です。
Tidal AI社は「魚の健康と海の未来を守る」というミッションのもと、AIとコンピュータービジョンを駆使して、サーモンを個別に監視・管理するシステムを開発しました。
これにより「どれだけ餌を食べたのか」「ストレスの兆候があるか」などを把握する、かつてない精度のモニタリングが可能となったのです。
Tidalのシステムはすでに大規模なサーモン養殖をリアルタイムで管理しており、複数の養殖業者と提携して導入が進められています。
AIがサーモンを管理する世界が訪れる!将来は……?
Tidalが開発したAI養殖技術には、どのような仕組みが使われているのでしょうか。

海中には高精細カメラとセンサーが設置されており、サーモンの群れを24時間体制で撮影・スキャンしています。
AIはそこから得た膨大なデータをもとに、サーモンの動きや体の色、泳ぎ方などから健康状態を推測します。
このとき活用されているのが、コンピュータービジョンとディープラーニング(深層学習)という技術です。
これまでに世界中の700以上の養殖場にシステムを設置し、300億以上のデータを収集。5000万匹以上の成長サイクルを監視してきました。

こうした膨大なデータにからAIはトレーニングされ、、「このサーモンは元気がない」「この個体は寄生虫の疑いがある」といった判断を下すことができます。
個体ごとの模様やサイズ、泳ぎ方の特徴から、AIが個体識別を可能にしているのも驚くべき点です。
何千匹といる中から、特定の1匹を識別し、追跡することもできるのです。
そしてどれだけ餌が必要か、無駄になっているかも把握でき、自動給餌ツールと組み合わせることで、環境汚染とコスト削減を両立させられます。

また、病気や寄生虫の早期発見が可能となり、治療を最適化。品質を高められます。
さらには、出荷のタイミングを最適化することで出荷量の向上にもつながっています。
このように、サーモンは今やAIの目と判断によって育てられているのです。
「神の視点」とでも呼んでしまいそうなこの管理能力は、もはや人間の力を超えているかもしれません。
AIの力によって、サーモン養殖はますます発展していくことでしょう。
しかしふと、こんな疑問が湧くかもしれません。
「もしAIが他の動物の管理にも応用されたらどうなるだろうか」
家畜も、野生動物も、AIに管理してもらうなら、より効率的で安全かもしれません。

では、その次は何ですか?
SF映画のように、私たち人間がAIに管理される可能性もあるでしょうか。
朝目覚めると、AIが睡眠の質を判定し、食べるメニューを提案し、仕事の生産性を監視し、心拍数からストレスを読み取って適切な休息を指示してくれる未来があるかもしれません。
それはとても便利で、安心で、健康的で、効率的な生活であり、同時に悲しい世界でもあります。
そして既に、海の中では、そんなサーモンたちのディストピアが始まっているのです。
参考文献
This Alphabet Spin-off Brings “Fishal Recognition” to Aquaculture
https://spectrum.ieee.org/aquaculture
AI for the next generation of sustainable aquaculture
https://www.tidalx.ai/en
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部