【なぜくっつく?】切断されても自己修復するセンサー

センサー

ウェアラブルデバイスが傷ついても自力で修復し、翌日にはまた普通に使える。

そんな未来の話が、いま現実になろうとしています。

ベルギーのブリュッセル自由大学(VUB:Vrije Universiteit Brussel)の研究チームが、切断されても自力で修復し、再び使えるストレッチャブルセンサーの開発に成功しました。

このセンサーは、指や関節の動きを正確に測れるだけでなく、環境にも優しく、再利用まで可能な超多機能素材です。

いったいどのようにして、切断されたセンサーが「くっつく」のでしょうか?

本研究は、2025年7月16日付の『IEEE Sensors Journal』誌に掲載されました。

目次

  • センサーは壊れやすい。その壁を越えるには?
  • 切断してもくっつく!? 「自己修復センサー」の仕組みとは?
  • 800回の伸縮テストにも耐える「自己修復センサー」

センサーは壊れやすい。その壁を越えるには?

ストレッチャブルセンサーは、人体の動きを測定したり、ロボットに皮膚のような柔軟性を持たせたりするために使われます。

しかし現実には、これらのセンサーは極めて壊れやすく、長期間の使用に耐えられないという大きな課題がありました。

例えば、服のように日々着たり脱いだりする中で、センサーは何千回と引っ張られ、ねじられ、擦られます。

そのたびにセンサー内部の導線や素材が劣化し、最終的には使い物にならなくなってしまうのです。

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人体の動きを計測するセンサーは壊れやすい / Credit:Rathul Nengminza Sangma(VUB)et al., IEEE Sensors Journal(2025)

さらに問題は、「壊れたら廃棄するしかない」ことです。

従来のセンサー素材はリサイクルが困難で、電子廃棄物として環境にも悪影響を与えてきました。

研究チームは、この2つの問題、すなわち「耐久性」と「環境負荷」を同時に解決する必要があると考えました。

彼らが目指したのは、“壊れないセンサー”ではなく、“壊れても直せる”センサーです。

そしてもう一歩踏み込み、“使い終わったら素材を回収して再利用できるセンサー”も目指しました。

これが今回の研究の出発点です。

切断してもくっつく!? 「自己修復センサー」の仕組みとは?

開発されたセンサーは、2つの主要な素材から成り立っています。

ひとつは、自己修復機能を持つ特殊なポリマー。

これは「Diels-Alder(ディールス・アルダー)反応」と呼ばれる化学反応を利用したものです。

この化学結合には可逆性があり、ダメージを受けると結合が一度切れ、再接触すると再び結合して元の状態に戻ります。

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切断してもくっつくセンサー / Credit:BruBotics(YouTube)_Recyclable self-healing stretchable strainsensor based on liquid metal fr smart wearable application(2025)

研究チームは、実験でこのポリマーでできたセンサーを半分に切断しましたが、室温で約24時間かけて自己修復できることを示しました。

また、センサーを60℃のオーブンに入れて加熱すると、自己修復プロセスが4時間に短縮されることも発見しました。

接着剤や外部の力を使わず、まるで生き物のように元通りになるのです。

別の実験では、センサーがちぎれるまで引き延ばされ、その後修復するというプロセスを6回繰り返しました。

それでも、導電性や機械的強度も初期の80%以上を維持することができたというのだから驚きです。

そしてセンサーに利用されているもうひとつの素材は「Galinstan(ガリンスタン)」という液体金属です。

この金属は常温で液体のまま安定しており、高い電気伝導性を持ちながらも毒性がなく、人体にも安全です。

センサー内部では、ガリンスタンが電気の通り道(回路)として機能しています。

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切断しても自己修復し、電流も再び流れる / Credit:Rathul Nengminza Sangma(VUB)et al., IEEE Sensors Journal(2025)

では、真っ二つに切ってしまった場合はどうなるのでしょうか?

驚くべきことに、切断時に漏れ出すはずの液体金属は、ほとんど失われませんでした。

研究者の解説によると、空気に触れたガリンスタンの表面にはすぐに酸化膜が形成され、それが仮のフタのように働いて液漏れを防ぐというのです。

しかも再び破断面を合わせると、この酸化膜が壊れて再接続され、電流がまた流れるようになるというのです。

まるで人間の体がケガをしても血液が固まって止血されるように、このセンサーも“自己止血”してしまうというわけです。

では、このように開発された新しいセンサーの耐久性はどうでしょうか。

800回の伸縮テストにも耐える「自己修復センサー」

新センサーの性能は、以下のような実験で確かめられました。

まず最大800回の伸縮テストが行われましたが、ドリフト(出力の変化)は5%以下でした。

また半分に切断し修復した後のセンサーを同じ回数伸縮させましたが、ドリフトは10%未満でした。

この結果から、センサーは繰り返しの損傷や修復を受けても実用に耐えると分かります。

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800回の伸縮テストにも耐える。材料の95%以上がリサイクル可能 / Credit:Rathul Nengminza Sangma(VUB)et al., IEEE Sensors Journal(2025)

さらに驚くべきは、材料の95%以上がリサイクル可能だという点です。

使用後のセンサーは、ポリマーの可逆性を活かして加熱・分解し、新たな形に再成形して利用することが可能です。

この技術は、医療分野やスポーツ科学、さらには柔らかいロボット(ソフトロボティクス)の皮膚のような部位への応用が期待されています。

研究チームはすでにスピンオフ企業「Valence Technologies」を設立し、製品化に向けた準備を進めているとのこと。

従来のテクノロジーは、壊れないことを前提に作られてきました。

しかしこの研究は、「壊れること」を受け入れ、その先に“修復”という能力を加えることで、持続可能な未来を作ろうとしています。

私たちの皮膚のように、「傷ついても治り、また動き出す」。

そんなセンサーが、明日のスマートデバイスの常識になる日も近いのかもしれません。

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参考文献

Stretchy, Self-Healing Sensor Survives Being Cut in Half
https://spectrum.ieee.org/self-healing-flexible-sensor?utm_source=homepage&utm_medium=hero&utm_campaign=2025-08-18&utm_content=hero3

元論文

Recyclable and Self-Healing Stretchable Strain Sensor Based on Liquid Metal and Diels–Alder Polymer for Smart Wearable Applications
https://doi.org/10.1109/JSEN.2025.3588043

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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