マーベルの人気アンチヒーロー『ヴェノム』は、触手を伸ばして相手を捕まえたり、盾に変形して防御したりと、自由自在に体を変えられます。
そんなフィクションの世界の変幻自在な動きが、現実世界のロボットでついに実現し始めました。
イギリスのブリストル大学(University of Bristol)の研究チームは、「電場」を利用してワイヤレスかつ自在に変形・運動できる新しいソフトロボットを開発しました。
この研究成果は、2025年6月12日付で『Advanced Materials』誌に掲載されました。
目次
- 「電場」で自由自在に操れる素材を開発!ソフトロボットへ
- まるで『ヴェノム』!?自由自在に動くロボットの実力とは?
「電場」で自由自在に操れる素材を開発!ソフトロボットへ
これまでのロボットは、主に金属やプラスチックなど硬い材料でできており、腕や脚などの「部品」を正確に動かすことは得意でしたが、体全体を自在に変形させることは困難でした。
この制約を打ち破ろうとするのが「ソフトロボット」と呼ばれる分野です。
柔らかい素材を使うことで、生き物のように柔軟に動いたり、環境に合わせて形を変えたりすることを目指しています。
ただし、これまでの技術にはいくつかの壁がありました。
磁場、光、熱などを利用した操作は、大型装置や複雑な制御を必要とする場合が多く、反応速度や精密な動きの再現にも限界がありました。
そこで研究チームが注目したのが、電場(electric field)による駆動です。
電場を使えば、配線やバッテリーをロボット本体に内蔵しなくても、外部の電極から非接触で形状を制御できます。
これを実現するために、彼らは「エレクトロモーフィング・ゲル(e-MG)」という新しい素材を開発しました。
e-MGは、柔軟なシリコーンエラストマーに導電性の特殊な炭素ナノ粒子を混ぜ込んだゲル状の材料です。
これによって、柔らかさと導電性、さらに変形時の復元力を両立させています。
そしてこの素材を用いた「e-MGロボット」の大きな特徴は、電池や配線を持たず、薄型・軽量の電極から高電圧をかけて電場を発生させ、その力だけで本体が自在に変形・運動できる点です。
研究では、電極の形状や配置を工夫し、電場の強さや方向を変化させることで、ロボットが伸びたり曲がったり回転したりと、複雑な動きをとれることが確認されました。
これは従来の電気駆動ゲル(イオンゲルや誘電エラストマー)よりもはるかに高い応答速度と自由度を実現しており、「柔らかくても速く動く」ロボットの新たな方向性を示しています。
では、実際にその動きを見てみましょう。
まるで『ヴェノム』!?自由自在に動くロボットの実力とは?
研究チームは、e-MGの多彩な変形能力を生かして、いくつもの生き物的な動きを再現しました。
たとえば、ゼリーのような人型ロボットが両腕を使って天井にぶら下がり、体を振って移動できることを示しました。
また、カタツムリのように伸びて段差を乗り越えるモデル、カエルの舌のように素早く伸びて物をつかむグリッパーなどです。
これらの動作は、外部の電極間に発生させた電場のパターンを変えることで制御され、電極の位置を切り替えれば、複数のロボットを個別に動かすことも可能でした。
さらに、空気中や絶縁性の油の中など、異なる環境でも動作することが実験で示されています。
しかも、1万回以上の動作サイクルでも性能がほとんど劣化しないという耐久性も備えています。
このような制御性と耐久性の高さから、e-MGは将来的にさまざまな応用が期待されています。
たとえば、狭い隙間をすり抜ける救助ロボット、極限環境での探査ロボット、さらには体内での医療デバイスなどです。
また、材料設計の観点からは、宇宙空間のような低圧・高放射線環境でも使える可能性もあります。
『ヴェノム』のように体を自由自在に変える「e-MG」ロボットの開発は、材料工学やロボット工学の可能性を大きく広げる一歩となりました。
参考文献
Pioneering shapeshifting soft robot uses electric fields to swing like a gymnast
https://www.bristol.ac.uk/news/2025/october/soft-robotics-breakthrough.html
元論文
Electric Field Driven Soft Morphing Matter
https://doi.org/10.1002/adma.202419077
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

