「最近、ADHD(注意欠如・多動症)やASD(自閉スペクトラム症)と診断される子どもが増えている」――という話を耳にすることが多くなりました。
ニュースやSNSでは「発達障害の増加」という言葉がしばしば登場し、「今の子どもは昔より落ち着きがない」「集中できない子が増えた」という意見も聞かれます。
けれど、本当にそうなのでしょうか?
発達障害の増加という問題については、実際懐疑的な人も多く、「増えた」のはなく、これまで隠れていたものが可視化されただけなのではないかという意見があります。
この疑問に関する調査を行ったのが、スウェーデンのヨーテボリ大学(University of Gothenburg)らの研究チームです。
研究を率いた精神医学者オロフ・アルヴィドソン(Olof Arvidsson)氏らは、1990年代から2000年代(ADHDやASDの診断数が少なかった年代)のスウェーデンの児童を対象とした大規模調査データから、当時の親が回答した子どもの行動に関するアンケート調査データを、現代のADHDやASDの診断基準に照らして再分析しました。
すると、当時はADHDやASDと診断される人は少なかったにも関わらず、症状を持つ子どもの割合は現在の診断数と大きな変化がなかったという。
この発見は、最近社会で「発達障害」が急増している、という解釈は誤りである可能性を示唆しています。
この研究の詳細は、2025年9月に科学雑誌『Psychiatry Research』に掲載されています。
目次
- 時代を超えて見えた“行動特性”の実態
- 診断基準を統一してデータを見ると、発達障害の可能性がある人の数は変わっていなかった
時代を超えて見えた“行動特性”の実態
ここ30年ほどの間に、発達障害――特にASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如・多動症)の診断を受ける人は、世界的に急増しました。
たとえばイギリスではASDと診断される人の割合が20年間で約8倍に、アメリカではADHDと診断される人の割合が約1.5倍以上に増えています。
日本でも「発達障害」という言葉が一般的になり、テレビやSNSで日常的に目にするようになりました。
これは、昔に比べて発達障害の子どもが増えているということを意味するのでしょうか?
実のところこれには反対意見があり、発達障害の人が増えたわけではなく、単に今までは診断されずに隠れていた人が、社会の変化で視覚化されるようになっただけなのではないか、という疑問を述べる人たちも多くいます。
しかし、この疑問に対しては、これまで明確な答えがありませんでした。
そこで、スウェーデンのヨーテボリ大学の研究チームは、スウェーデン全国の双子を対象とした大規模プロジェクト「スウェーデン児童青年双子研究(Child and Adolescent Twin Study in Sweden, CATSS)」のデータを用いて調査を行うことにしました。
これは1993年から2001年に生まれた9,870人の双子の追跡調査で、18歳になった時点で、保護者が「子どもの発達や行動についての質問票」に回答しています。
ここでは発達障害の傾向を調査する項目も含まれてはいましたが、それ以外にも行動・心理的傾向の包括的評価を行うための質問もありました。
今回、研究チームは、こうした過去の質問票の回答データを、現代の診断基準に統一して、ASDやADHDである可能性の高さ(傾向の強さ)を数値化したスコアを算出しました。
ADHD等の診断基準は現代では変更が加えられています。そのため、基準を統一してデータを見たときに、もし発達障害の人が実際にこの10年間で増加しているのであれば、93年の調査データでは、01年のものより発達障害が認められる人の割合は低い結果になるはずです。
反対に、症状が認められる人の数が93年と01年で変わらない場合、発達障害の人が増加傾向にあるという話は見せかけの問題である可能性が出てきます。
診断基準を統一してデータを見ると、発達障害の可能性がある人の数は変わっていなかった
分析の結果、意外なことが分かりました。
ASD(自閉スペクトラム症)に関しては、平均スコアに統計的に有意な変化は見られませんでした。
特に強い傾向を示す子どもの割合にも、大きな変化はありませんでした。
一方、ADHD(注意欠如・多動症)ではわずかな変化がありました。
男子ではほぼ変化がなかったものの、女子では平均スコアがごくわずかに上昇していました。
また女子では、スコア上位10%相当の人の割合が、年ごとに少しずつ増える傾向が見られました。
ただし、その変化量はきわめて小さく、社会で言われる「急増」とはほど遠いものでした。
つまり、研究の結論は明確です。
ASD、ADHDの人の数は世代によって有意に変化してはいなかったのです。
なぜ「診断数」は増えたのか
診断数の増加には、社会の変化が深く関係しています。
まず、医師や教師、保護者の理解が進み、以前よりも早い段階で発達の違いに気づけるようになりました。
学校や行政の支援体制が整い、「診断を受けることが支援につながる」という認識が広まったことも大きな要因です。
さらに、診断の基準自体も広がっています。
2013年のDSM改訂では、ADHDの発症年齢の目安が「7歳未満」から「12歳未満」へと変更され、より軽度のケースも診断対象に含まれるようになりました。
特に女子では、以前は「おっとり」「天然」と言われていた行動の中に、注意の偏りや実行機能の弱さといったADHD特有の傾向が隠れていたことが分かってきました。
かつてはそれが「個性」で済まされていましたが、現代ではそれが「支援が必要な特性」として理解されるようになり、見逃されていた人たちが診断の枠に入るようになったのです。
今回の調査データは、親から見た子どもの行動報告が中心になっています。
そのため、女子のADHDスコアがわずかに上昇した点については、これまで見えにくかった女子の不注意中心の特徴について、保護者の気づきが回答に反映されやすくなった可能性があります。
実際に子どもの行動の分布はほとんど変わっていません。
つまり変わったのは、子どもたちではなく社会の見方の可能性が高いのです。
また、今回の調査が「親の報告データだから主観的では?」という疑問があるかもしれませんが、研究では国際的に信頼性が確認された質問票を使用しており、主観的な印象ではなく同じ基準で集めたデータを比べていると述べています。
この研究は画期的ですが、まだ解き明かすべきこともあります。
今後は、親だけでなく本人や教師の評価、客観的な行動観察を組み合わせた多面的な調査が求められます。
また、学校での集中力の要求度やデジタル機器の普及など、社会環境の変化が子どもの行動に与える影響についても検証が必要です。
また今回は双子コホートという双子のみを対象にした大規模調査データが用いられているため、この特性が結果に与えている影響についても、検証していく必要があるかもしれません。
ただ「発達障害」という言葉が広まり、診断を受ける人が増えたことは、これまで苦しんでいた人たちがようやく理解されるようになったということでもあります。
スウェーデンの研究が教えてくれるのは、「発達障害が増えた」のではなく、「社会が彼らに気づけるようになった」ということです。
診断数の増加は、社会がより寛容で、より支援的になってきた証拠と言えます。
「昔からいたけれど、見えていなかった人たち」に光を当てる。
それこそが、これからの時代に求められる“気づける社会”の姿なのでしょう。
参考文献
Rising autism and ADHD diagnoses not matched by an increase in symptoms
Rising autism and ADHD diagnoses not matched by an increase in symptoms
https://www.psypost.org/rising-autism-and-adhd-diagnoses-not-matched-by-an-increase-in-symptoms/
元論文
ASD and ADHD symptoms in 18-year-olds – A population-based study of twins born 1993 to 2001
https://doi.org/10.1016/j.psychres.2025.116613
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部

