青春時代に聴き込んだ曲を耳にした瞬間、当時の光景まで鮮明によみがえった――そんな経験はないでしょうか。
心理学では、人生の記憶が思春期から若年成人期に偏って強く残る傾向が示されており、これを「回想バンプ(Reminiscence bump:レミニセンス・バンプ)」と呼びます。
では、音楽に限って言えば、その”心に刺さる時期”は本当に世界共通なのでしょうか。国や文化、性別によって、その年齢に違いはあるのでしょうか。
どのような年代の曲も簡単に聞けるストリーミング時代のいまも、その傾向は変わらないのでしょうか。
こうした素朴な疑問に、国際的な大規模データで正面から答えた研究が登場しました。
フィンランドのユヴァスキュラ大学(University of Jyväskylä)・音楽・心・身体・脳卓越研究センター(Centre of Excellence in Music, Mind, Body and Brain)の音楽神経科学者イバラ・ブルナット(Iballa Burunat)氏ら研究チームは、世界84か国・約2,000人を対象に「人生で個人的に最も意味のある1曲」を尋ね、その曲の発表年と回答者の年齢の関係から、音楽が”人生のどの時期”と最も強く結びつくのかを解析しました。
その結果、ピークは10代後半(およそ17歳)に現れる傾向が示されたのです。
この研究の詳細は、2025年9月15日付で科学雑誌『Memory』に掲載されています。
目次
- 若い頃の記憶が”特別”になる理由
- 「17歳のとき聞いた音楽」が人生で最も強く残る
若い頃の記憶が”特別”になる理由
人は人生をふり返るとき、思春期から若い大人になる頃の出来事をとびきり鮮やかに覚えている傾向があります。心理学ではこの偏りを「回想バンプ(Reminiscence bump)」と呼び、だいたい10〜30歳の体験が他の時期より想起されやすいと説明します。
その理由はこの時期に、自分とは何者かという土台(アイデンティティ)が形づくられ、初めての挑戦や出会いが重なるためだと考えられています。
そしてこの時期の記憶を呼び起こす刺激として、音楽はとくに強力です。
神経科学の研究では、音楽が記憶に関わる海馬(hippocampus)や感情に関わる扁桃体(amygdala)、自己や社会的な文脈づけに関わる内側前頭前野(medial prefrontal cortex)などを同時に活性化することが示されており、音楽は、思い出の情景だけでなく、体の感覚や気分までセットで呼び戻すと言われます。
そのため、言葉によるコミュニケーションが難しくなった認知症の人などでも、懐かしい曲を聴くと、当時の感情や記憶がよみがえることがあります。
しかし、音楽と回想バンプの関係については、文化圏や年代、性別の違いをまたいだ大規模研究がほとんどなく、どの文化圏や性別でもピークの年齢が一致するのかははっきりしていませんでした。また、音楽が記憶の核になるという効果が、年齢を重ねても続くのか、それとも薄れてしまうのかという点も、これまで明確ではありませんでした。
これまでの研究は、多くが特定の国や世代に限られた小規模な調査で、研究者が用意した代表曲を評価させる方式が主流でした。そのため、文化や個人の違いを越えて音楽と記憶の関係を調べることが難しかったのです。
そこで今回、ユヴァスキュラ大学の研究チームは、参加者自身が「自分にとって最も意味のある1曲」を挙げるという、非常に単純な課題を採用しました。そしてその曲の発表年と回答者の年齢を照らし合わせることで、国や世代、性別を超えた大規模な比較を可能にしたのです。
研究ではこれは「発表時年齢(Age at Release:AaR)」と呼ばれており、人生のどの時期に「意味のある音楽」が生まれやすいのかを年齢分布として描き出しています。
調査は世界84か国、16〜65歳の男女を対象に1891人のデータが解析されました。男女比は女性50.5%・男性49.9%とほぼ均等です。ただし、年齢分布にはかたよりがあったため、新しいブートストラップ手法で統計的に補正しています。
この方法には二つの大きな特徴があります。まず、研究者が用意した流行曲を評価させるのではなく、参加者自身の「意味のある曲」を起点にしている点です。これにより、ヒットチャート外の曲や、家族・地域の思い出の曲も分析対象に含められます。
もう一つは、単に”若い頃の曲が強い”で終わらず、男女差や世代差、そして「最近の曲が心に残る近時効果(recency)」や「親世代の曲に共鳴するカスケード効果(cascading reminiscence)」といった複数の”記憶の山”を同時に検出できる解析設計にした点です。
こうして研究チームは、「思春期の音楽が最も記憶に残る」という従来の知見を世界規模のデータで検証するとともに、年齢や性別によってその傾向がどのように変化するのかまで詳しく分析しました。
「17歳のとき聞いた音楽」が人生で最も強く残る

解析の結果、音楽と記憶の結びつきは「17歳前後」を中心に山型の分布を描きました。これは心理学で知られる「回想バンプ(Reminiscence bump)」の典型的な形と一致しており、特に多くの人にとって17歳が人生の中でも特に記憶に残ることを裏づけています。
先にも説明した通り、この年齢は脳の報酬系が最も敏感に働き、社会関係や自我が急速に形成される時期です。神経科学の観点からも、思春期の脳は感情的刺激に強く反応し、新しい経験を鮮やかに記憶しやすい構造になっています。そのため、初めての恋や友情、自由を感じた瞬間に流れていた音楽が、長く心に焼きつくのです。
男女で異なる「心の中の青春サウンド」
興味深いことに、男女ではこの「音楽の記憶の山」が現れる年齢に違いが見られました。男性は平均15.9歳でピークを迎えるのに対し、女性は19歳前後で最も強い記憶を形成していました。
研究チームは、この差を男女の「音楽との付き合い方の違い」が反映されたものだと解釈しています。
男性が思春期の早い段階で仲間との一体感や自立の象徴として音楽を体験するのに対し、女性は恋愛や人間関係など社会的な経験を通じて音楽と深く結びつく傾向があり、その分ピークがやや遅れるのだ考えられるのです。
また、若い世代の調査では自分が生まれる25年前の曲にも小さなピークが見られました。これは親世代の音楽に強い愛着を示す「カスケード(世代連鎖)バンプ」と呼ばれる現象で、家族の影響や幼少期の環境によって形づくられます。
この傾向は特に女性で顕著でした。家庭内で流れていた音楽や親と共有した歌が、世代を超えて感情的な記憶をつなぐ役割を果たしていたのです。
デジタル音楽時代の今では、ストリーミングサービスを通じて過去の楽曲にも容易にアクセスできるため、親世代の音楽を自然に知る機会が増えたことも背景にあるでしょう。つまり、音楽は単なる時代の流行を超え、家庭や文化を通じて”世代をつなぐ記憶媒体”として機能しているのです。
さらに、もう1つ興味深い点として、女性では年齢が上がるにつれて、より最近の音楽を「意味のある曲」として選ぶ傾向が強まることが示されました。
これも上述した男女の音楽に対する傾向の違いから生じると考えられ、50代以降の女性では、若い頃の音楽だけでなく、10〜15年前の比較的新しい曲にも深い愛着が生まれる傾向が見られたのです。これは子どもの世代で流行っている曲が影響している可能性もあるかもしれません。
つまり、女性は10代の頃に聞いた曲だけにこだわらず、親世代や、子ども世代の曲に対しても「意味のある曲」として選ぶ傾向があり、男性は基本的に16歳頃に聞いた曲を軸にする傾向があったのです。
これは、音楽が「性別によって異なる記憶の構造」を支えるている可能性があり、男性にとって音楽は”青春そのもの”の象徴になりやすく、女性にとっては”人生の節目の思い出”として機能しやすいのだと考えられます。
これは音楽と記憶の結びつきに関する調査ですが、この結果を見ると俗に言う「懐古厨」というような人たちは、基本的には男性に多い傾向があるのかもしれません。
音楽はただの娯楽ではありません。それは、私たちの人生の”記憶の座標軸”にもなっているようです。
懐かしい曲を聴いて涙が出るのは、脳と心が音楽を通じて”生きてきた時間”を確かめているからなのかもしれません。
参考文献
Global study shows why the songs from our teens leave a lasting mark on us
https://www.jyu.fi/en/news/global-study-shows-why-the-songs-from-our-teens-leave-a-lasting-mark-on-us
元論文
Memory bumps across the lifespan in personally meaningful music
https://doi.org/10.1080/09658211.2025.2557960
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部
