「息子や娘に電話しても出ない」
「職場の新人はなんでもメールで済まして、直接電話してこない。礼儀がなっていない」
そんな風に感じたことはありませんか?
スマートフォンが手放せない若者たち。
しかしその一方で、電話が鳴っても出ない、あるいは電話をかけること自体を避ける傾向が強まっています。
これは単なるマナーの問題ではなく、コミュニケーションの在り方そのものが変化していることを示しています。
この現象を分析したのは、フランスのロレーヌ大学の教授アンヌ・コルディエ氏です。
彼女は若者の「電話を避ける行動」に隠れた社会的・心理的背景について解説しています。
目次
- なぜ電話に出ない若者がいるのか?
- 電話に出ないことはマナーの欠如か? それとも新しいコミュニケーションの形か?
なぜ電話に出ない若者がいるのか?

15歳の女子高校生レアさんは次のようにコメントしています。
「電話が鳴っても、出るのは母親か緊急事態のときだけ。それ以外はまず出ません」
実はこの言葉の背後には、現代の若者が電話を避ける明確な心理的・社会的理由があります。
若者にとって、スマートフォンは「通話する道具」ではなく、「テキストやSNSでのやり取りのための道具」として機能しています。
一方、電話はリアルタイムの応答を求められるものです。
準備なしに会話を始めなければならず、自分の言葉や感情を即座に処理する必要があります。
内容が整理できないまま話さなければならないという状況は、特に感受性の強い若者にとっては心理的負荷となります。
「うまく言葉が出なかったらどうしよう」「気まずい沈黙があったら困る」「言い過ぎたらどうしよう」
こうした不安が、通話を避ける理由になっているのです。

対称的に、テキストメッセージやSNS、ボイスメモといった非同期型のコミュニケーションは、相手との距離を保ちつつ、自分のペースでやり取りができます。
メッセージを打つ前に考える時間があり、言い直せます。
絵文字で感情を柔らかく表現することさえできます。
これは、若者にとって「安心して感情を伝える手段」であり、「自己表現のコントロールが可能な環境」なのです。
16歳のメディさんも次のようにコメントしています。
「父親から電話がかかってきても、正直気が重い。
質問攻めにあうのがわかっているから、終わった後にLINEで返信する」
これは父親を嫌っているわけではなく、自分の感情リソースを守りながらコミュニケーションしたいという意思表示にほかなりません。
こうしたコメントから分かるのは、若者にとって電話を取らないのは、「無関心」でも「反抗」でもないということです。
むしろ「適切なタイミングで、適切な形でつながりたい」という、極めて繊細な人間関係のマネジメントなのです。
では、世代間の感覚のズレをどのように調整できるでしょうか。
電話に出ないことはマナーの欠如か? それとも新しいコミュニケーションの形か?

「電話に出ないなんて失礼だ」と感じるのは、電話が礼儀正しく、親密なコミュニケーション手段とされていた時代を生きた世代の感覚です。
もちろん今でも「メールで済ますのではなく、電話することが礼儀だ」と感じている人は多いでしょう。
しかし、若者にとっては、逆に「いきなり電話をかけること」がデジタルエチケット違反と見なされることすらあります。
ある若者はこう言います。
「友達に電話したいときは、まずはメッセンジャーで“今話せる?”って聞くのが普通です。
それをしないと、相手の気持ちを無視した感じになります」
電話は今や「事前確認が必要な特別な行為」になっているのです。
コルディエ氏によると、こうした考えや行動は、デジタル社会における新たなマナーの登場を示唆しているようです。
こうした背景を理解しないまま、「電話に出ない=冷たい」と決めつけてしまうと、親子や上司・部下の間に誤解が生まれます。
重要なのは、“若者がつながりを拒否している”のではなく、“自分にとって快適な形でつながりたい”と考えていることを、大人が知ることです。

では、どうすればこのギャップを埋められるのでしょうか?
一つの方法は、お互いの「つながり方の好み」を言語化することです。
たとえば、「急ぎの用事は電話、それ以外はLINE」「朝は返信できないけど、夕方なら大丈夫」「感情を伝えたいときはボイスメッセージが嬉しい」といったルールを話し合って共有することで、無用なすれ違いを防ぐことができます。
また、大人世代自身も、自らの「即応文化」や「声の重要性」への思い込みを見直すことが求められるかもしれません。
「メッセージに絵文字を添える」「写真を送る」「スタンプを使う」といった手段が、電話で表現したい「感情の伝達」の代替になるかもしれません。
若者が電話に出ないのは、敬意やマナーが欠けているからではなく、「新しいコミュニケーションの選択肢を持っているから」と考えられるでしょうか。
電話に代わって届いたその一通のメッセージこそが、若者なりの「気にかけています」という、丁寧で思慮深いコミュニケーションなのかもしれません。
参考文献
Teenagers no longer answer the phone: is it a lack of manners or a new trend?
https://theconversation.com/teenagers-no-longer-answer-the-phone-is-it-a-lack-of-manners-or-a-new-trend-262718
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部