「子どもは欲しいと思わない」
そんな言葉を耳にする機会が、昔よりずっと増えてきました。
経済的な不安やキャリアの優先、ライフスタイルの多様化など、子どもを持たない理由はさまざまに語られていますが、実はもっと深い心の動きが関係しているのかもしれません。
アメリカのイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(UIUC)の研究チームが、18,000人以上を対象とした大規模調査を行い、ある重要な傾向を明らかにしました。
それは、「親との感情的な距離感」が、将来的に子どもを持つかどうかの判断に影響しているというものです。
研究の詳細は、2025年3月28日付の『Personality and Social Psychology Bulletin』誌に掲載されました。
目次
- 出生率の低下の裏側にある「心の問題」とは?
- 親との感情的距離がある人は「子供を持ちたがらない」と判明
出生率の低下の裏側にある「心の問題」とは?

近年、先進国で出生率の低下が社会問題になっています。
特に日本や韓国などでは、若者が結婚や出産を避ける傾向が顕著です。
政策的には、保育支援の充実や育休制度の改善など「子どもを持ちやすい環境づくり」が進められていますが、それでも「子どもを持ちたくない」と答える人は少なくありません。
なぜでしょうか。
研究者たちは、これまであまり注目されてこなかった「心理的要因」に目を向けました。
その中でも特に焦点となったのが、愛着(アタッチメント)スタイルと呼ばれる心理的傾向です。
愛着スタイルとは、人間関係における愛着の築き方や行動の傾向のことです。
このスタイルは主に、幼いころの親との関係によって形成されるとされています。
わかりやすく言えば、「他人にどれだけ心を開けるか」「どれだけ人に頼れるか」といった性格のもとになる部分です。

今回の研究では、3つのタイプが扱われました。
安定型は、人と親密になるのが得意で、他者との信頼関係を築きやすい傾向があります。
不安型は、人に嫌われないか心配しがちで、相手の反応に過敏になりやすい傾向があります。
回避型は、他人との親密な関係を避けがちで、自立や自己完結を重視する傾向が強いとされます。
そして研究チームは、18,000人以上の多国籍サンプルを対象に、アンケート形式で調査を行いました。
具体的には、愛着スタイル、現在子どもを持っているか、持ちたいと思っているか、そして子どもを持ちたくない理由などを明らかにしました。
その結果、「子供を持ちたくない」と言う人に、ある共通点が浮かび上がってきました。
親との感情的距離がある人は「子供を持ちたがらない」と判明
この調査に参加した人々のうち、約12%が自発的に「子どもを持たない」、いわゆる「チャイルドフリーを選択している」と回答しました。
では、なぜ彼らはその選択をしたのでしょうか。
調査の結果によると、子どもを持たない理由として「自由を保ちたい」「精神的な健康への不安」「世界の不安定さに対する懸念」「親としての責任への不安」などが挙げられました。
特に「自由を保ちたい」と答える人が最も多く、子供を持たないと回答した人の3分の2がこれを選びました。

また親に対する愛着スタイルが「回避型」である人ほど、子どもを持たない選択をする傾向があるということも分かりました。
親に自分の気持ちを理解されなかった経験がある人や、親から愛情を十分に感じられなかった人は、自分が親になること自体に抵抗感を抱きやすい傾向があるようです。
ここで注目すべきなのは、「回避型」の愛着スタイル、つまり「親との感情的距離がある」人ほど、子供を持たない理由として「自由を保ちたい」と回答する人が多かったという事実です。
親と十分な愛着関係を築けなかった人々は、幼少期に「自分は他人に頼ってはいけない」「一人でなんとかするしかない」という信念を抱きやすくなります。
その結果、誰かに依存される状況、つまり親になることを本能的に避けようとします。
つまり、子供を持たずに自由を保ちたいという願望は、実は幼少期に形成された「親に頼れないから、自分で何とかするしかない」という深層的な自己防衛から生じている可能性があるのです。

ちなみに不安型の人たちは、回避型の人たちとは違った傾向を示していました。
彼らは、「自分は子育てに向いていない」「子どもを傷つけてしまうかもしれない」といった自責的な理由を挙げる傾向がありました。
研究でチームが述べるとおり、今回の研究は、「親への回避型の愛着スタイル」と「子供を持たないこと」について、因果関係ではなく、あくまで関連性を示すものにとどまっています。
その関係は複雑で双方向性がある可能性もあります。
つまり、「子供を持たない選択をすることで、親との感情的な距離ができる」可能性もあるわけです。
それでもこうした研究は、「子供を持とうとしない人が多い」という課題に取り組むうえで、重要な観点を与えてくれます。
まず目を向けるべきなのは、現代の親と子供の関係であり、そこを改善することが、いずれ出生率の増加に繋がっていくのかもしれません。
参考文献
Avoidant attachment to parents linked to choosing a childfree life, study finds
https://www.psypost.org/avoidant-attachment-to-parents-linked-to-choosing-a-childfree-life-study-finds/
元論文
Attachment Orientations Predict the Likelihood of Choosing to be Childfree and the Reasons for Not Wanting Children
https://doi.org/10.1177/01461672251322842
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部