不思議で可愛らしい形をした海の生き物、ヒトデ。
水族館で目にしたことのある人も多いこの生き物が、実はいま、「腕が取れ、体がどろどろに溶けて死ぬ」という、恐ろしい病に襲われていることをご存じでしょうか?
北米太平洋岸の20種以上のヒトデで、この10年あまりで数十億匹が次々と死に絶え、海の生態系にかつてない異変が起きているのです。
なぜヒトデたちはこのような悲劇に見舞われているのでしょうか? そして、その「病気の正体」とは一体何なのでしょうか?
カナダのブリティッシュコロンビア大学(UBC)の際研究チームは、この「SSWD:Sea Star Wasting Disease(本記事では”ヒトデ消耗病”と呼ぶ)」の原因の特定に成功しました。
研究の詳細は、2025年8月4日付の『Nature Ecology & Evolution』誌に掲載されています。
目次
- 10年に及ぶ「ヒトデの大量死」の謎と、ついにたどり着いた「容疑者」
- 50億以上のヒトデを死に追いやった犯人を特定!なぜ発見が遅れたのか?
10年に及ぶ「ヒトデの大量死」の謎と、ついにたどり着いた「容疑者」
2013年ごろから、カリフォルニアからアラスカまでの北米太平洋沿岸では、ヒトデが原因不明の病気で次々と死んでいく現象が続いてきました。
この病気は「Sea Star Wasting Disease(本記事では”ヒトデ消耗病”と呼称)」と呼ばれました。
発症したヒトデは体に傷(潰瘍)ができ、腕がとれ、やがて体全体が溶けて白く粘り気のある残骸となって死んでしまうのです。
この感染症は北米沿岸の20種以上のヒトデに広がり、なかでもニチリンヒトデ(学名:Pycnopodia helianthoides)は90%以上減少しました。
被害は甚大で、10年間に推定50億匹以上が死亡。
その結果、ヒトデに食べられていたウニが爆発的に増え、ウニによる「海の森」ケルプ林の食害が進行、沿岸生態系や漁業資源にも大きな影響を与えています。
しかし、この大規模な異変にもかかわらず、長い間、原因は分かりませんでした。
当初はウイルス(densovirus)が疑われましたが、健康なヒトデにも普通に見られるウイルスだったため、決定的な証拠にはなりませんでした。
また、死んだヒトデの組織を調べても、「これだ!」という病原体は見つかりません。
研究チームはここで発想を転換します。
「死骸」や「組織片」ではなく、“生きているヒトデ”の体内液を徹底的に調べるという新しいアプローチをとったのです。
最先端の遺伝子解析によって調査したところ、Vibrio pectenicida(FHCF-3株)という細菌が、壊死症状を示すヒトデの体液から突出して多く検出されました。
では、この菌が50億ものヒトデを殺した犯人だったのでしょうか。
50億以上のヒトデを死に追いやった犯人を特定!なぜ発見が遅れたのか?
「ヒトデの体内液にVibrio pectenicidaが多い」というだけでは、犯人と断定できません。
そこで研究チームは、感染症の原因を証明するために分析しました。
まず、病気のヒマワリヒトデの体液からVibrio pectenicida FHCF-3株を純粋培養で取り出し、これを健康なヒトデに注射・曝露させました。
その結果、数日以内に健康だったヒトデが次々と「体表に傷ができ、腕が取れ、体が溶けていく」という壊死病の典型的な症状を発症。
こうして、Vibrio pectenicida FHCF-3株こそがヒトデ消耗病の直接的な原因であることが科学的に確定しました。
では、なぜ今までこの犯人が見つからなかったのでしょうか?
その理由は大きく二つあります。
第一に、Vibrio菌は死んだヒトデの中ではすぐに消えてしまうため、従来の「死骸調査」ではほとんど検出できませんでした。
ヒトデが死ぬと、体内や表面の環境が急激に変化(免疫が止まり他の微生物が一気に増加)するため、死後すぐに調べないと他の細菌たちに上書きされるのです。
第二に、Vibrio菌は普段は海に普通にいる細菌であり、「常在菌」としてあまり疑われていませんでした。
サンゴや貝、魚などでも一般的に見られており、普段は有機物分解や栄養循環を担う「海の生態系に必要な存在」です。
しかし、気温や水温の上昇、海の富栄養化、ヒトデ自体のストレスといった「環境の変化」が引き金となり、この細菌が急激に増殖することで、「大量死をもたらす病原体」に豹変していたのです。
この研究により、10年以上続くヒトデ消耗病の正体をようやく突き止めることができました。
今後は、原因菌の拡散状況や感染経路の把握、ヒトデ壊死病に強い個体の育成や再導入、沿岸生態系の復元や海洋環境の管理 など、科学的根拠に基づいた対策や回復プロジェクトを本格的に始動させる必要があります。
ヒトデの大量死は海の表面下で進行する「静かな危機」でしたが、今回の発見によって、私たちが再び海の森や豊かな生態系を取り戻すための新しい希望が生まれています。
現在、シアトル水族館などではニチリンヒトデの繁殖や再導入計画も始まっており、回復への第一歩が踏み出されています。
参考文献
A starfish apocalypse: The bacterium behind billions of sea star deaths
https://newatlas.com/biology/starfish-sea-star-bacteria-death-ecosystem/
Starfish-killing bacteria revealed as cause of biggest undersea disease outbreak
https://www.nhm.ac.uk/discover/news/2025/august/starfish-killing-bacteria-revealed-cause-biggest-undersea-disease-outbreak.html
元論文
Vibrio pectenicida strain FHCF-3 is a causative agent of sea star wasting disease
https://doi.org/10.1038/s41559-025-02797-2
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部