巨大な毒クモとして有名なタランチュラですが、常識を覆すような“変わり種”が新しく分類されました。
フィンランドのトゥルク大学(University of Turku)を中心とする国際研究チームが、タランチュラの新種を発見し、新たな属に分類しました。
そしてそれらのオスが「背甲の4倍近い生殖器(触肢)」を持つことを明らかにしたのです。
研究チームは、この異様に長い交尾器が、攻撃的なメスから命を守る“セーフティバッファ”として役立つと指摘しています。
この研究成果は、2025年7月22日付の『ZooKeys』誌に掲載されました。
※本記事にはタランチュラの画像があります。苦手な方はご注意ください。
目次
- タランチュラの「命がけ」の繁殖とは?
- 新種のタランチュラたちは長い触肢でメスと交接し、メスの攻撃から身を守っていた
タランチュラの「命がけ」の繁殖とは?
オオツチグモ科(Theraphosidae)に属する大型のクモで、世界中の熱帯・亜熱帯地域に広く分布しており、「タランチュラ」という名称でもよく知られています。
その体長は種類によって様々ですが、大きなものでは脚を広げると20センチ近くになる個体もおり、“巨大で毛むくじゃらな毒グモ”として知られています。
ただし実際のところタランチュラの毒はそれほど強くなく、人間にとって致命的な脅威となることは稀です。

それでも、彼らの生態は非常にユニークで、特に繁殖に関する行動は多くの研究者を惹きつけてきました。
例えば成熟したオスのタランチュラは、交尾の前に「精子網(sperm web)」を作り、自身の精子をこの上に出します。
そして、前脚のような「触肢(palp)」の先端部分でそれを吸い取り、触肢に精子を“チャージ”した状態でメスのもとに向かうのです。
とはいえ、ここからが命がけです。
多くのタランチュラのメスは、縄張り意識が強く、非常に攻撃的。
求愛してきたオスを獲物とみなして共食いしてしまうことも少なくありません。
そのため、オスはメスに接近する際に脚を使って振動を送り、メスの機嫌を慎重にうかがいながら近づきます。
交尾(タランチュラの場合は交接という)が受け入れられると、オスはメスを持ち上げるような姿勢を取り、生殖孔に触肢を挿入して精子を注入します。
この際、いかに素早く、正確に、そしてメスに刺激を与えずに行うかが命運を分けます。
交尾後、即座に逃げなければ捕食されてしまうため、オスにとって“生殖”とは“脱出スピード”も問われる試練なのです。

そして今回の研究では、こうした命がけの交尾を行うタランチュラの中でも、特にユニークな形質を持つ個体群が中東とアフリカの乾燥地帯で発見されました。
これらは新たな「Satyrex」属として認定され、既知の種も再分類されることになりました。
結果としてSatyrex属に含まれるのは、既知種の1種(Satyrex longimanus)と、新たに発見された4種(S. ferox、S. arabicus、S. somalicus、S. speciosus)です。
すべてのオス個体に共通するのが、「極端に長い触肢」という特徴でした。
では、この長い触肢にはどんな役割があるのでしょうか。
新種のタランチュラたちは長い触肢でメスと交接し、メスの攻撃から身を守っていた
Satyrex属に属するタランチュラのオスたちは、現在知られているタランチュラの中で、最も長い「触肢」を持っています。
その長さは、体の前面にあたる“背甲”の2.2〜3.8倍です。
例えば最大種のSatyrex feroxは、脚を広げた直径が約14センチあり、その触肢は5センチ近くに達します。
そして、これらは“遠距離交尾”のための器具として役立ちます。
交尾中に攻撃的なメスとの物理的な距離を保つために長い生殖器が役立つのです。

実際、S. ferox のメスは非常に攻撃的で、少しの刺激でも前脚を上げて威嚇姿勢を取り、足の付け根の毛を擦り合わせて「シューッ」という威嚇音を出します。
このような環境では、オスは近づくほどに危険です。
だからこそ、この異様に長い「愛の腕」は、”できるだけ遠くから交尾したい”というオスの願いをかなえるものとなっています。
交尾のための戦略は様々であり、羽根を派手に広げる鳥や、美声を持つカエルなどが有名です。
Satyrexのように「死なずに交尾するための形質」は、非常にユニークで興味深い例だと言えます。
私たち人間も、恋愛や子育てに多くのエネルギーを割いて生きていますが、タランチュラの世界では、それが文字通り「命がけ」です。
子孫を残すために、愛の腕を伸ばして命を賭けるクモたち。
その「必死な姿勢」から、私たちも何かを学べるかもしれません。
参考文献
Spider’s record-breaking “love arm” ensures safe sex from afar
https://newatlas.com/biology/spiders-palp-mating/
New tarantula species so feisty, males evolved the longest genitalia to survive mating
https://www.eurekalert.org/news-releases/1093326
元論文
Size matters: a new genus of tarantula with the longest male palps, and an integrative revision of Monocentropus Pocock, 1897 (Araneae, Theraphosidae, Eumenophorinae)
https://doi.org/10.3897/zookeys.1247.162886
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部