「痛みに値段をつける方法」で評価精度が高まると判明

痛みの程度を測定するのは簡単ではありません。

医療現場では「0から10で痛みを評価してください」という聞き方が一般的ですが、人によって基準が異なるため比較が難しいままです。

この課題に対して、アメリカのランカスター大学(Lancaster University)を中心とする国際研究チームが「お金」という共通の物差しで痛みを測る新しい方法を検証し、この方法が評価精度を高めることを明らかにしました。

本研究は2025年9月18日付の『Social Science & Medicine』誌に掲載されました。

目次

  • その痛み、何円ならもう一度受ける?
  • 「痛みに値段をつける」と”痛みの評価”精度が高まる

その痛み、何円ならもう一度受ける?

私たちは皆痛みを経験しますが、その強さを客観的に比べることは長年の難題でした。

同じ「10」でも人によって感じ方が違い、同じ人でも状況で「5」が揺れるため、従来の自己申告スケールには限界があります。

新薬の効果判定や治療の比較には、より共有しやすい基準が必要です。

そこで研究チームは、新しく「痛みをお金で表す」という手法を採用しました。

この方法では、「痛みをもう一度受けるならいくら必要か」を選択の形で尋ねることで、痛みの程度を測定します。

たとえば、特定の痛みを受けた後に、「もう一度、同じ痛みを受けて3000円もらう」か「痛みを受けずに2000円もらう」か、どちらを選ぶかという二択を様々な値段で何度も提示して、選び替わる境目からその人の“痛みの値段”を推定します。

この方法を評価する実験では、金額を順番に上げていく方式(ME1)と、順不同で提示する方式(ME2)の2種類が用いられました。

参加者は18歳から60歳の健康な成人であり、合計330人規模で実施されました。

そして1つ目は電気刺激で強弱の異なる痛みを体験する実験、2つ目は熱刺激で強弱を変えた実験、3つ目は同じ熱刺激を与えながら、鎮痛剤あるいはプラセボを使う実験が行われました。

各実験で参加者は従来の評価法だけでなく、新しい「痛みに値段をつける」方法でも回答しました。

「痛みに値段をつける」と”痛みの評価”精度が高まる

結果として、「痛みに値段をつける」方法は従来の評価法よりも明確に「強い痛み」と「弱い痛み」を区別できると分かりました。

電気刺激でも熱刺激でも、強い痛みを受けた人ほど次回も受け入れるために必要とする金額が高くなり、弱い痛みの人は低くなるという直感的でわかりやすい差が出たのです。

また、鎮痛剤を使った実験でも、「痛みに値段をつける」方法は薬の効果を一貫して捉えました。

従来の評価法では「効くはず」という期待が外れたときに、痛みがより高く評価されることがあります。

しかし金額の選択ではこの心理的なゆらぎの影響が小さく、効果の有無が素直に数値化されていたのです。

そして、少なくとも今回の参加者範囲では、性別や収入などを統制したうえでも「痛みに値段をつける」方法の予測力は維持されました。

加えて、ME1とME2の両方式で有効性が確認され、提示の順序に依存しないことも示されました。

このように、お金という共有可能な物差しを使うことで、個人差に埋もれがちだった痛みの違いが比較しやすく可視化されました。

一方で、研究にはいくつかの限界があります。

実験で扱ったのは短時間の急性の痛みであり、感情や機能障害など多面的な要素を伴う慢性痛に同じ枠組みをどう適用するかはこれからの課題です。

さらに、痛みに値段をつけるという考え方に対する心理的な抵抗感や、臨床現場での運用方法も検討が求められます。

それでも、臨床試験の感度向上や治療効果の比較、個々の患者に合わせた痛み管理の検討など、実務への応用可能性は大きいといえます。

痛みの測定が正確になるほど、治療の選択は合理的になり、患者の生活の質を高める道筋がより具体的になっていくいはずです。

あなたが普段感じている「その痛み」はいったい何円ですか?

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参考文献

Pain gets a price tag: New method outshines standard pain assessments
https://newatlas.com/health-wellbeing/pain-assessment-tool-monetary-method/

How much does it hurt? New research puts a price on pain to improve measurement
https://www.lancaster.ac.uk/news/how-much-does-it-hurt-new-research-puts-a-price-on-pain-to-improve-measurement

元論文

Improving numerical measures of human feelings: The case of pain
https://doi.org/10.1016/j.socscimed.2025.118472

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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