誰かと親しくなるとき、その相手を「友人」と感じるか「恋人の可能性がある」と感じるかは、意外と説明が難しいものです。
仲良く話したり、一緒に出かけたり、共通の趣味を楽しんだりする時間はどちらにもあります。
それなのに、ある相手には「付き合いたい」という気持ちが芽生え、別の相手には「友だちとして最高」だと思っても恋愛感情はまったくイメージできなかったりします。
最初は「友だち」としか思っていなかった相手に、突然恋愛感情を抱いて戸惑うこともあるでしょう。
こうした気持ちの根底には何があるのでしょうか? 私たちは無意識の下で、恋人と友人をどのように区別しているのでしょうか?
この記事では、心理学の研究をもとに、人が友人や恋人に対してどんな期待を抱き、どのように意識が変化していくのかを解き明かしていきます。
目次
- 「友人」と「恋人」に抱く無意識の期待
- 好きになる瞬間と「恋人には無理」と思われる理由
- 恋人は親友?最新研究が示す恋愛と友情の新しい形
「友人」と「恋人」に抱く無意識の期待

私たちは、友人や恋人に対して自然に「こうあってほしい」という期待を抱いています。
それは普段意識することはなくても、心の奥で人間関係を判断する基準になっています。
心理学者の研究によると、友人に求めるものと恋人に求めるものには、大きく異なる点があるといいます。
例えば、友人に対しては「信頼できること」や「困ったときに支えてくれること」、「一緒にいて楽しいこと」を期待します。同性の友人なら、さらに自分を高め合えることや、考え方を理解してくれることも大切にされます。
しかし恋人となると、そこにもう一つ大きな要素が加わります。
それが「外見的な魅力」です。
特に異性の恋人に対しては、無意識のうちに相手の外見や雰囲気に対する期待が強く働くことが多いのです。
これは進化心理学の考え方では、人類が長い歴史の中で「健康的で良い子孫を残せそうな相手」に惹かれてきた本能の名残だと説明されています。
また恋人には、将来のビジョンを一緒に描けるかどうか、という期待も含まれているとされます。
一緒にいて楽しいだけではなく、「ずっと一緒にいたい」「この人と人生を歩みたい」と思えるかどうかが両者を区別する判断基準になるようなのです。
つまり、友人関係は「今を楽しく過ごすこと」に重きが置かれ、恋愛関係は「未来をどう過ごすか」まで視野に入れた関係性なのです。
この違いが、同じように親しい相手でも「友人ならOKだけど、恋人にはなれない」と感じる理由のひとつです。
好きになる瞬間と「恋人には無理」と思われる理由
それでは、なぜ「友人だと思っていた相手を急に好きになる」ことが起きるのでしょうか。
これには心理学の「単純接触効果」という考え方が関係しています。
人は、繰り返し会ったり話したりする相手に対して、好意を抱きやすくなる傾向があります。
最初は何とも思っていなかった相手でも、一緒に過ごす時間が増えるうちに「この人って意外と優しい」「すごく理解してくれている」といった新しい面に気づき、恋愛感情が芽生えることがあるのです。
いわば「友情が恋愛に発展するスイッチ」が存在しており、それが長く一緒に過ごすことで無意識にONになる瞬間があるのです。
とはいえ、単に長く過ごせば誰でも恋愛感情を抱くわけではありません。好きになる場合と、そうでない場合がある理由はなんなのでしょう?
ここで重要なのが、恋愛における「ドキドキ感」の存在です。
恋愛的なドキドキは、ただ一緒にいて楽しいとか安心できるといった感情とは違い、身体の中で起きる特別な反応です。
恋愛の初期には、ドーパミンという「快感」に関係する物質や、ノルアドレナリンという「興奮」を高める物質が脳内に多く分泌されます。
このノルアドレナリンは心拍数を上げたり、手に汗をかかせたりする働きがあり、これがいわゆる「胸が高鳴る」感覚を生み出しています。
進化心理学では、こうしたドキドキ感は「注意して観察する価値のある異性に出会ったとき、集中を促す仕組み」として働いたと考えられています。
しかし、この体の反応が、理性で物事を判断しようとする現代の人間にとっては逆に働き、「ドキドキする → 相手に興味がある・恋愛感情がある」と無意識に結びつける仕組みになってしまっているようです。
これは「情動のラベリング(labeling of emotional state)」と呼ばれる現象で、人は自分の体の変化の理由を考え、恋愛感情として認識することがあるのです。
この現象は一般向けには、「吊り橋効果」として有名です。これは、人が緊張や不安で身体が興奮状態にあるときに、その原因を目の前の相手への恋愛感情と誤って結びつけやすくなることを指します。

高い場所にある吊り橋を渡った後など、体がドキドキしている状態で異性と会話をすると、「この人に惹かれているからだ」と感じやすくなります。つまり、恋愛的なドキドキは、相手への期待や未知の部分、不確実さが生み出す心と体の特別な高まりなのです。
しかし、すべての相手にドキドキを感じるわけではありません。恋愛的なドキドキを感じにくい要因もあります。
例えば、相手が自分の理想とする外見や雰囲気、価値観と一致しないと無意識に判断している場合や、相手と長く安定した関係を築きすぎて家族のような安心感が強くなった場合です。
相手が理想と違うと感じてときめかないという現象は、生物学的には遺伝子適合性やフェロモンレベルの相性が影響する可能性が指摘されています。
また、安心感が勝ちすぎると脳内の興奮物質の分泌が減り、「恋愛のときめき」は生じにくくなります。恋愛漫画などでは、妹みたいにしか感じられない、という理由で告白を断られたりするシーンがありますが、こうした原因は、相手に安心感を与えすぎてしまっていることが原因でしょう。
そのため恋愛には、相手をドキドキさせる要因が切り離せない問題になるようです。
このように、友人と恋人の間の意識の変化は、単なる相性だけではなく、人が無意識に抱く期待や、ドキドキという生理的・心理的な反応によって決まっているのです。
恋人は親友?最新研究が示す恋愛と友情の新しい形
ここまでは恋人と友人の心理的な認識の違いについて語ってきましたが、近年は、以前に比べて人間関係における「恋人」と「親友」の境界はあいまいになっていると言われています。
かつては恋人と親友は別のカテゴリーとして考えられることが一般的でしたが、心理学や社会学の研究者の間では、近年は恋人を親友でもあると考える人が増えているという指摘があるのです。
これはSNS上での投稿や、カウンセリングや恋愛相談の場で目立つようになったと言われます。
また、結婚や恋愛関係における価値観が、「大人になったら当然結婚すべき」という昔ながらの社会の常識や経済的安定よりも個人の幸福や親密さを重視する方向にシフトしていることも背景にあると考えられます。
しかし実際にどれほどの人が恋人を親友とみなしているのかについては、これまで具体的な調査は行われていませんでした。
またある調査研究によるとアメリカ人の61%が「親友は人生で最も重要な存在だ」と考えている一方で、「結婚関係が人生で最も重要だ」と答えた人は23%にとどまることが示されています。
こうした結果を見ると、恋人を親友のように感じていたとしても、親友と恋人の位置づけは多くの人の中で異なっていると考えられます。
そこでこの実態を明らかにするため2025年にコロラド州立大学(Colorado State University)コミュニケーション学部の研究者、ナタリー・ペニントン(Natalie Pennington)博士らが調査研究を行いました。
彼らの研究ではアメリカの成人約900人を対象に調査が行われました。
その結果、恋人を友人リストに含める人は36%で、そのうち約40%の人は恋人を「親友」ともラベル付けしていました。つまり全体の約14%が恋人=親友と考えていることになります。
そして恋人を親友と捉える人は、より高い親密さと日常的なやり取りを報告しており、恋愛関係における満足度や安心感が高い傾向がありました。
これは「友情が恋愛の土台になることで関係が深まる」という心理学的知見と一致します。
一方で興味深い結果もありました。
それは恋人を親友と考えない人の方が、周囲の友人に悩みを相談したり、励ましや助言をもらうことが多かったというものです。

これはつまり恋人を親友とも見なすことで関係の密度が増す反面、他の友人とのネットワークが希薄になりやすいというリスクを示唆しています。
また、年齢が高い人ほど恋人を親友と見なす傾向が強く、収入が高い人や既婚者はその傾向が弱いこともわかりました。これも人生のステージや価値観によって恋愛と友情のとらえ方が変わることを示しています。
この最新研究は、私たちが無意識に行っている「恋人と友人の線引き」が、周囲との関係にも影響する可能性を示しています。
恋人にはドキドキ感や期待が求められ、友人には安心感や共感が求められますが、恋人が親友としても機能するとき、相手への依存度が高くなりすぎて恋人以外の他者とのつながりが弱くなるリスクがあるのです。
この研究結果は、恋愛と友情の境界線が揺れ動く現代において、人間関係のあり方を考えるヒントになるかもしれません。
参考文献
Liking and loving; an invitation to social psychology
https://archive.org/details/likinglovinginvi00rubi
Do you call your partner your best friend? This study says you’re in the minority
Do you call your partner your best friend? This study says you’re in the minority
https://www.psypost.org/do-you-call-your-partner-your-best-friend-this-study-says-youre-in-the-minority/
元論文
A triangular theory of love
https://doi.org/10.1037/0033-295X.93.2.119
Cognitive, social, and physiological determinants of emotional state
https://doi.org/10.1037/h0046234
What’s in a label? Exploring the intersection of relationships with best friends and romantic partners with well-being
https://doi.org/10.1177/02654075251336872
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部