子供と子犬が寄り添いながら遊ぶ姿は、誰もが思わず微笑んでしまう理想的な家族の風景です。
「そんな温かい空間で子供を育てたい」と考え、新しく子犬を迎えようと思う保護者も多いでしょう。
実際、イギリスでは新型コロナウイルスの流行をきっかけに、子供の心の健康や家族の癒しを期待して子犬を迎える家庭が増えました。
しかし「犬を飼えば家族が幸せになれる」というイメージの裏には、思わぬ落とし穴も潜んでいることが、イギリスの王立獣医学校(RVC)を中心とした研究で明らかになりました。
この研究は2025年9月17日付の『PLOS ONE』誌に掲載されています。
目次
- 「子供と子犬が一緒に育つ」ことの現実とは?メリットあり!
- 子犬を新しく迎えるデメリットとは?「子供の怪我リスク」が高まり、「母親の負担」が増える
「子供と子犬が一緒に育つ」ことの現実とは?メリットあり!
コロナ禍で自宅で過ごす時間が増え、家族の孤独や不安が強まる中で、犬を家族に迎える動きはイギリスでも急速に広がりました。
ペットは癒しや希望の象徴として受け止められ、子供のメンタルヘルスを支えてくれるという期待が高まりました。
ただし過去の研究は大人の飼い主に焦点が当たりがちで、子供の経験や家族全体への影響は十分に分かっていませんでした。
研究チームはこのギャップを埋めるため、子供がいる家庭に子犬を迎えた時に、家族の心の健康や日常生活にどのような変化が起きるのかを詳しく調べました。
対象は2019年から2021年に生後16週未満の子犬を迎えたイギリスの家庭です。
母親を中心とした保護者382人と、8歳から17歳の子供216人がオンライン調査に参加しました。
質問項目は、犬を迎えた理由、世話やしつけの実際、子供と犬の関わり方、家族のメンタルヘルスの変化、期待と現実のギャップなど多岐にわたります。
そして調査と分析の結果、多くの家庭で「犬が家族の心の支えになった」という実感が報告されました。
特に子供は、犬がいることで寂しさや不安がやわらぎ、つらい時にそばにいてくれる存在として受け止めていました。
パンデミック下でも、犬がいることで毎日に張り合いが生まれ、家族で散歩に出るなど新しい日課ができたという声が多く寄せられています。
また、犬の世話を通じて子供に責任感が芽生えたり、親子の会話が増えたと感じる保護者もいました。
こうした結果から、子犬は多くの家庭で“寄り添う相手”として、子供や家族の気持ちを支える役割を果たしていたことが確認されました。
私たちがSNSで見てきた温かな光景や願っていたメリットが確かに存在したのです。
しかしこの調査では、新しく子犬を迎えることにはデメリットも存在することが明らかになりました。
子犬を新しく迎えるデメリットとは?「子供の怪我リスク」が高まり、「母親の負担」が増える
子犬を迎えることにはたくさんのメリットがある一方、この研究は、犬を迎えることによる課題や見落とされがちなデメリットも具体的に示しました。
調査では約37%が「思ったより大変だった」と答え、特に初めて犬を飼う家庭で困難が強く報告されました。
困難の内容には、子犬期の噛み付きやジャンプへの対応、散歩時の強い引っ張り、他犬や人への過度な反応、分離不安にまつわる行動などが含まれていました。
理想と現実のギャップに直面し、「譲渡を考えた」という声もあり、その多くが初めての飼い主でした。
また、子犬の世話を担当したのは95%が母親だということも分かりました。
継続的なケアや突発的な対応、しつけの計画などの負担が女性に集中しやすい傾向が明らかになったのです。
子供や父親が一部の作業を手伝うことはあっても、日常的な世話は母親が担うことが多く、子犬の世話は「家庭内の見えにくい負担」として捉える必要があるでしょう。
まだ子供が幼くたくさんのお世話が必要な場合、その時期に子犬を迎えることは、「母親にいっそう大きな負担を与える」という事実を知っておかねばなりません。
さらに、子供と犬の関わり方にも注意点があります。
多くの家庭でハグやキス、同じベッドで寝るといった密着した触れ合いが許可されていましたが、これらは犬にとってストレスとなりうる行動です。
子供は落ち込んだ時や退屈な時、寂しい時ほど犬に強く近づく傾向があり、犬が「もうやめてほしい」と示すサインを見落とすことがあると分かりました。
その結果、犬が防衛的に噛んだりして状況から逃れようとする危険が高まります。
研究チームは、保護者が安全な接し方を学び、ルールを設定して、子供と犬のやり取りを近くで見守ることの重要性を強調しています。
具体的には、犬が休んでいる時や食事をしている時に近づかない、無理に抱きしめない、逃げ道をふさがないといった基本を徹底することが推奨されます。
加えて、犬を迎える前には、誰がどの作業をどの頻度で担うのかを話し合い、うまくいかない時の代替案や支援先も含めて準備しておくことが望まれます。
この研究は、子供と犬が一緒に育つ生活は数多くの喜びと心の支えをもたらす一方で、思った以上の手間や事故リスク、そして家庭内の負担の偏りといった現実が伴うことを示しています。
メリットとデメリットの両方を理解して備えることで、子供と犬の双方にとって安心で幸せな暮らしを実現できるでしょう。
参考文献
Getting a puppy can pose mental health challenges alongside benefits for families
https://medicalxpress.com/news/2025-09-puppy-pose-mental-health-benefits.html
元論文
More than just one man and his dog: The many impacts of puppy acquisition on the mental health of families including children in the UK
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0331179
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部