「多言語話者の脳は若い」と判明

新たな言語を学び、それを日常的に使う人の脳は、どのように変化しているのでしょうか?

2025年11月、チリのアドルフォ・イバニェス大学(UAI)の研究チームは、ヨーロッパ27か国・約8万6千人を対象に、「多言語を話す人の脳は、単一言語を話す人の脳よりも“若い”状態を保てている」ことを明らかにしました。

この成果は、2025年11月10日付の『Nature Aging』誌に掲載されました。

目次

  • 別の言語を学ぶことは脳にどんな影響を及ぼすのか?老化の観点で調査
  • 多言語話者は“脳の若さ”が守られる

別の言語を学ぶことは脳にどんな影響を及ぼすのか?老化の観点で調査

認知症予防や「脳の老化」に関する研究は世界中で進んでいます。

これまでにも、「複数の言語を使える人は認知機能が保たれやすい」「脳が柔軟に働き続ける」といった報告がありましたが、どの程度まで“若さ”に差が出るのか、その因果関係ははっきりしていませんでした。

というのも、従来の多言語研究にはいくつか課題があったのです。

例えば、サンプル数が少なく、一部の認知症患者など臨床集団のみを調べていたり、教育レベルや生活習慣といった他の要素を十分に調整できていない研究が多くありました。

そのため「本当に多言語そのものが脳の老化を防ぐのか?」は、科学的に確定したとは言い難かったのです。

今回の研究では、ヨーロッパ27か国・合計86,149人という大規模な健康・生活調査データを用い、参加者の認知機能や身体の健康状態、教育歴、生活自立度、慢性疾患の有無、感覚障害といった多角的な情報を詳細に解析しました。

ここで研究チームが重視したのが、「biobehavioural age(本記事では『生物行動学的年齢』と呼称)」という新しい考え方です。

これは、体の健康や頭の働き、生活の自立度などを総合して、「今のあなたの“元気さ”は何歳くらいか」を推定するものです。

従来の「生物学的年齢(biological age)」は、DNAの老化や臓器の状態など生物医学的な側面を中心に推定します。

一方で、生物行動学的年齢は、生物学的指標だけでなく、行動や認知機能、教育、社会的な生活力までを統合的に評価します。

つまり「体も頭も、実際どれくらい元気で若々しいか?」を、よりリアルに捉える方法なのです。

今回の解析では、AIモデルを使って一人ひとりの「健康状態や認知力などから推定される年齢(生物行動学的年齢)」を算出。

これを実年齢と比較し、その差=“年齢ギャップ”が大きいほど「老化が加速している」と見なしました。

また、社会経済的地位や教育歴、移民かどうかといった交絡因子も徹底的に統計処理し、「多言語使用そのもの」の効果を抽出しています。

多言語話者は“脳の若さ”が守られる

この壮大な解析から浮かび上がったのは、「多言語を話すほど脳が若く保たれる」という明確な傾向です。

単一言語しか話さない人は、2言語以上を話す人と比較し、“老化が加速している”と判定されるリスクが約2倍にのぼりました。

さらに3か国語、4か国語と話せる言語が増えるほど、「実質的な若さ」の効果は大きくなります。

驚くべきは、この結果が年齢・国籍・教育歴・収入・社会的地位・移民背景といった、脳や健康に影響しやすい様々な要素を調整してもなお残ったことです。

つまり「もともと頭が良い人が多言語話者になりやすい」というだけでは説明できず、“多言語を使うことそのもの”が、加齢の進行を食い止める独立した要因として働いているのです。

では、なぜ多言語が脳の老化を防ぐのでしょうか?

研究チームは、言語の切り替えや使い分けの過程が「脳の筋トレ」になっていると考えています。

例えば、会話中に文法や発音、意味を切り替えるたびに脳の広範なネットワークが活性化されます。

実際、言語処理や実行機能に関わる脳部位(ブローカ野やウェルニッケ野など)の灰白質が発達し、異なる脳領域同士の連結性も強化されることが過去の研究から分かっています。

また、この「脳の多重トレーニング」によって、認知的予備力(cognitive reserve)が蓄積され、将来的に加齢や病気で一部の神経回路が弱っても、他の部分で補える可能性があると考えられています。

「複数の言語を学び、使うことが脳の老化を遅らせる」

今回の成果は、多言語学習の意義を大規模な調査で科学的に裏付けた重要な発見と言えるでしょう。

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参考文献

How Speaking More Languages May Keep Your Brain Younger
https://www.zmescience.com/medicine/mind-and-brain/how-speaking-more-languages-may-keep-your-brain-younger/

元論文

Multilingualism protects against accelerated aging in cross-sectional and longitudinal analyses of 27 European countries
https://doi.org/10.1038/s43587-025-01000-2

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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