「塩分で高血圧になる理由」塩による“脳の炎症”だった!?最新研究が示す新事実

塩分の摂り過ぎを気にしてラーメンのスープは残す、という話はよく聞きます。

塩分は高血圧の原因になることが広く知られており、血圧が高くなると血管がボロボロになってしまい、心臓病や脳卒中など様々な病気のリスクが高まるため、普段から塩分摂取を気にしている人は多いでしょう。

塩分で血圧が上がってしまう理由は一般的に、血液中の塩分濃度を下げるため血流が増すからだと説明されています。

実際、その認識で何も問題はないように感じます。

しかし、カナダの名門マギル大学(McGill University)の研究チームは、「塩分が引き起こす高血圧は、腎臓や血管だけでなく脳の炎症も関係しているのではないか」と仮説を立て、そのメカニズムを明らかにしました。

塩分が実は脳に炎症を起こして、それが高血圧の原因になっているというのは新しい視点です。

この研究の詳細は、2025年8月19日に科学誌『Neuron』にオンライン掲載されています。

目次

  • なぜ“しょっぱい食事”は血圧を上げるのか?長年の謎に挑んだ研究
  • 塩分が脳に炎症を引き起こす“見えないリスク”

なぜ“しょっぱい食事”は血圧を上げるのか?長年の謎に挑んだ研究

日本人の多くは、世界の中でも塩分摂取量が多いといわれています。

厚生労働省の調査によれば、平均して1日10g前後(欧米では7~8g程度、WHOは5g未満を推奨)の塩を口にしている人が多いのです。

確かに日本食は、味噌汁や漬物、しょうゆなど、日常的な食事の中に塩分がたっぷり含まれています。

そのため、年に一度の健康診断で「血圧が高めですね」と言われてしまう人も珍しくありません。

では、なぜ塩分を多くとると血圧が上がるのでしょうか。

これまでの医学では、塩分(ナトリウム)をとりすぎると血液中の塩分濃度が上がり、その濃度を下げるために血液中に水分が多く引き込まれ、結果として血液の量が増え、血管にかかる圧力――つまり血圧が高くなると説明されてきました。

また、腎臓は体内の塩分バランスを調整し、余分な塩分を排出する働きを持っていますが、腎臓の働きがうまくいかないと体に塩分が残りやすくなり、やはり血圧が上がりやすくなると考えられてきました。

つまり、「塩分をとる→血液中の塩分濃度が上がる→血液の量が増える→血管に圧力がかかる(血圧が上がる)」という流れが従来の説明です。

しかし、同じ量の塩分をとっても血圧があまり上がらない人もいれば、逆に少しの塩分でも敏感に反応して血圧が上がる人もいます。

こうした個人差は、従来の説では十分に説明することができませんでした

こうした疑問に対して最近では、血圧をコントロールしているのは心臓や血管、腎臓だけではなく、脳も重要な役割を担っていることが分かってきました。

たとえば脳の「視床下部(ししょうかぶ/Hypothalamus)」は、自律神経やホルモンの働きを通じて、血圧を細かく調整しています。

さらに、動物実験などから、脳内の免疫細胞である「マイクログリア(Microglia)」が活性化し炎症が起こると、血圧が上昇することも報告されるようになりました。

このような研究の積み重ねから、「塩分を摂りすぎたとき、脳で炎症が起きることで血圧が上がるのではないか?」という新しい仮説が生まれたのです。

今回の研究は、この仮説をラットを用いた実験で確かめています。その結果はどのようなものだったのでしょうか?

塩分が脳に炎症を引き起こす“見えないリスク”

実験の結果、ラットたちは塩分を多く摂取した後、血圧が徐々に上昇していきました。

この変化自体は、これまでの「塩分=高血圧」という常識通りの結果です。

しかし、研究チームがさらに詳しく脳の中を調べていくと、驚くべき事実が見つかりました。

まず、血圧のコントロールに関わる「視床下部(ししょうかぶ)」で、普段は静かに働いているはずのマイクログリア(脳の免疫細胞)が一斉に活性化していたのです。

マイクログリアが活発になるということは、脳の中で“炎症”が起きているサインです。

しかも、視床下部のバソプレシンをつくる神経細胞の周囲に、このマイクログリアが多く集まり、炎症反応が広がっている様子がはっきり確認されました。

さらに興味深いことに、脳で炎症が起こると、「アストロサイト」と呼ばれる神経を守る細胞の“うで”のような部分が、マイクログリアという別の細胞によって食べられて減ってしまうことがわかりました。

本来ならアストロサイトの“うで”が神経細胞を包み込み、神経の興奮を伝える物質を回収して、神経が必要以上に働きすぎないように調整しています。

しかし、その“うで”が少なくなると、神経細胞がずっと興奮したままになってしまうのです。

この異常な神経の活性化が、血圧をコントロールする仕組みを大きく乱していたのです。

実際に、研究チームはこの「脳の炎症」や「グルタミン酸の異常」を薬で抑えたところ、ラットの血圧上昇も抑制できることを突き止めました。

つまり、塩分によって脳の中に炎症が起き、その結果として血圧が上がる、という“新しい回路”が存在する可能性がはっきり見えてきたのです。

この発見は、これまでの「高血圧は腎臓や血管の問題」というイメージを大きく揺るがすものです。

塩分の摂りすぎが、脳を通して高血圧につながるという新たなメカニズムが示されたことで、今後は「脳の炎症をどう防ぐか?」という視点からも、高血圧の予防や治療が考えられるようになるかもしれません。

もちろん、今回の研究は動物実験が中心のため、「本当に人間にも同じことが起こるのか?」という疑問は残ります。

私たち一人ひとりの体質や生活習慣によって、脳が塩分にどう反応するかは違うかもしれません。

しかし、「塩分は腎臓だけでなく脳にも影響する」という事実は、塩分が高血圧以外の問題も引き起こす可能性を示唆します。

今回の研究では、塩分による「高血圧」への影響に主眼が置かれており、「思考や意識」など他の精神・認知機能への影響については直接検証していませんが、グリア細胞の異常や脳の炎症が、うつ病や不安障害、認知機能低下、さらには脳卒中リスクなどさまざまな脳機能障害に関わっているという指摘は、近年他の研究でも増えているため、今後の重要な研究テーマになる可能性はあるでしょう。

塩分と血圧、そして脳とのつながり——この発見が、私たちの健康に役立つ日も、そう遠くない未来にやってくるかもしれません。

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参考文献

High-salt diet inflames the brain and raises blood pressure, study finds
https://www.mcgill.ca/newsroom/channels/news/high-salt-diet-inflames-brain-and-raises-blood-pressure-study-finds-366452

元論文

Microglia regulate neuronal activity via structural remodeling of astrocytes
https://doi.org/10.1016/j.neuron.2025.07.024

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

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