あなたも「ポジティブな言葉で自分を励まそう」と言われたことはありませんか?
「私は誰かに必要とされている」「私は大切な存在だ」
そんな言葉を毎日自分に言い聞かせることで、気持ちが前向きになり、自己肯定感が高まると言われています。
自己啓発本やSNSでも、こうしたポジティブ思考の大切さが盛んに紹介されています。
けれど、そうした言葉を唱えても「なぜか余計に苦しくなる」「逆に落ち込んでしまう」という経験をした人もいるのではないでしょうか?
実は、これらの言葉はすべての人に効果的とは限らず、むしろ自尊心の低い人には逆効果になる可能性があることが報告されています。
こうした事実は、カナダのウォータールー大学(University of Waterloo)とニューブランズウィック大学(University of New Brunswick)の研究チームから報告されています。
研究の詳細は2009年7月に学術誌『Psychological Science』に掲載されました。
目次
- 前向きな言葉がつらく感じてしまう人
- 自己肯定感の低い人に「前向きな言葉」が逆効果になるワケ
前向きな言葉がつらく感じてしまう人

長年、ポジティブな自己暗示(Positive Self-Statements)は自信や幸福感を高めると考えられてきました。
しかし、カナダのウォータールー大学の社会心理学者ジョアン・ウッド博士らは「これが本当に誰にでも効果があるのか?」という疑問を抱きました。
これは心理学で「自己検証理論(self-verification theory)」と呼ばれる考え方に則った疑問です。
人はたとえ否定的な言葉であっても、自分の現在の自己イメージに合う情報の方が受け入れやすい傾向があります。
自己肯定感が低い人は、自分を価値の低い存在だと感じていることが多いため、過度に褒められるよりも、自分の認識と一致する控えめな評価や、時に否定的な意見の方が「自分を正しく理解してくれている」と感じ、違和感が少なくなるのです。
そのため「クズ」「ダメな大人だね」などと言われて逆に喜ぶ人たちがいます。
こうした考えに従うと、自己肯定感の低い人は「自分は必要とされている」などのポジティブな言葉を自身に言い聞かせると、自分の欠点を意識してしまい逆に気分が悪くなるのではないかと考えたのです。
研究チームはまず、カナダの大学生約250人に対し、「自分を励ます言葉をどのくらい使うか」を調査しました。すると約半数が「頻繁に使っている」と答え、試験やプレゼン前など緊張する場面でよく活用していることがわかりました。
そこでチームは、68人の学生を自己肯定感が高い群(high self-esteem group)と自己肯定感が低い群(low self-esteem group)に分け、こうした言葉の効果について2つの実験で検証を行いました。
まずは「私はみんなから愛されている(I am a lovable person)」というフレーズを何度も繰り返してもらい、このときの気分や自己評価を測定する質問票に答えてもらいました。
次に、「フレーズが本当に自分に当てはまるかどうか」を考えてもらう条件と、「フレーズが当てはまらない場合もある」と柔軟に考えてもらう条件で、参加者の自己評価の変化を比較しました。
すると自己肯定感の低いグループは、みなポジティブな言葉で気分が悪化したのです。
自己肯定感の低い人に「前向きな言葉」が逆効果になるワケ
実験の結果では、自己肯定感の高い人では「私は愛されている」というフレーズを唱えることでわずかに気分が改善しました。
しかし、自己肯定感の低い人では逆に気分が悪化していました。
研究者たちはその理由として、「自己肯定感の低い人はこの言葉を自分の現実と比較してしまい、『自分はそんなに愛されていない』と感じてしまうからだ」と分析しています。
さらに、否定的な考えが頭に浮かぶことで、「自分はポジティブなことすら信じられないダメな人間なのでは」という悪循環に陥ることが示唆されました。
この現象は、心理学で 想起の容易さ効果(ease of retrieval effect) と呼ばれる考え方に関連しています。これはある考えや記憶について考えようとしてもイメージが上手く作れないとき、人は「自分にその特性がないのだ」と感じやすくなるというものです。
これにより自分が「思い通りに前向きな考えになれない」こと自体が、さらなる自信喪失を引き起こしてしまうのです。
ウッド博士の研究は「ポジティブな自己暗示が必ずしも万人に良いとは限らない」ことを明確に示しています。

そのため特に自己肯定感の低い人には、無理に前向きな言葉を繰り返すよりも、ありのままの自分を受け入れる「自己受容(self-acceptance)」や、自分を責めずに思いやりを持つ「自己コンパッション(self-compassion)」の方が有効と考えられるのです。
最近、SNSやネット掲示板などでは「生きてるだけで偉い」といった言葉が多くの共感を集めていますが、この現象もこれら研究報告と深い関連があります。
自己肯定感が低い人が「私は素晴らしい人間だ」「とてもよく頑張っている」などの強い肯定の言葉を繰り返すと、自分の現実と合わずに苦しさが増すだけになってしまいます。これは「自己不一致フィードバック(self-discrepant feedback)」とも呼ばれるものです。
一方で「生きてるだけで偉い」というメッセージは、自分に対して何も高い目標や成果を求めません。
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「仕事ができなくてもいい」
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「誰かを助けられなくてもいい」
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「今日何もできなくても、生きているだけで十分」
という存在そのものを認める言葉であるため、自己肯定感が低い人にも受け入れやすく、むしろ安心感を与えることができます。
これがいわゆる「自己受容(self-acceptance)」と呼ばれる考えに通じるもので、ありのままの自分をそのまま認めることで心の安定を保つ方法なのです。
「生きてるだけで偉い」という言葉の広まりは、過度なポジティブ思考が合わない人にとっての、優しい“現代版セルフケア”と言えるのかもしれません。
元論文
Positive self-statements: power for some, peril for others
https://doi.org/10.1111/j.1467-9280.2009.02370.x
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部