「ダイエットしなさい。食べる量を減らして運動しなさい」
そんなアドバイスを受けた経験が、一度はあるのではないでしょうか?
けれど実は、こうした言葉にはあまり効果がないことがわかってきました。
しかもそれだけでなく、人を傷つけたり、間違った方向に導いたりする可能性さえあるのです。
イギリスのシェフィールド大学(TUOS)に所属する栄養学・食事療法学の専門家である**ルーシー・ニールド氏が、「肥満」という現代病に対する正しい見方を解説しています。
目次
- 肥満は“意志”や”自己管理”だけの問題ではない!
- 「ダイエットしろ」と言う代わりに行うべきこと
肥満は“意志”や”自己管理”だけの問題ではない!
私たちは長い間、「太るのは自己管理ができないから」「食べ過ぎるのは意志が弱いから」と考えがちでした。
実際に、健康指導や医療現場でも「摂取カロリーを減らし、もっと運動する」ことが指導の中心とされてきました。
たとえば、イギリスのNHS(国民保健サービス)では、減量プログラムの多くがこのアプローチを基礎としてきました。

しかし現在では、肥満は単なる生活習慣の問題ではなく、“慢性で再発性の病気”であると広く認識されています。
まるで糖尿病やうつ病のように、一時的な対処ではなく、長期的かつ包括的な支援が必要な医学的状態なのです。
そしてイギリスでは、成人の約4人に1人(26.5%)、そして10〜11歳の子どもでは5人に1人(22.1%)が肥満とされています。
この問題によって国が被る社会的・経済的な損失は、年間約1260億ポンド(約25兆円)にものぼります。
健康リスクとしても、心疾患、2型糖尿病、関節障害、がんの一部などとの関連が確認されています。
では、なぜこんなにも多くの人が太ってしまうのでしょうか?
その背景には、複雑で多層的な要因が存在します。
まず、生物学的な側面としては、遺伝子やホルモンバランスの影響が大きく関与します。
たとえば、満腹を感じさせるホルモン「レプチン」の働きが鈍っていたり、脳の報酬系(快感を感じる部位)が過敏に反応したりすることで、普通の人よりも食欲を抑えることが難しいのかもしれません。
さらに、心理的要因も見逃せません。
うつ病や不安障害、過去のトラウマなどが過食につながることは、科学的にも明らかにされています。

そして、もっとも見落とされがちなのが社会環境の影響です。
都市部では、栄養価の低い高カロリーな食品(超加工食品)がどこにでも売られ、しかも安価です。
歩く代わりに車で移動し、仕事も余暇もスクリーンの前で過ごすライフスタイルが当たり前になっています。
このような「肥満を促進する環境」は、特に貧困地域に顕著です。
生鮮食品が手に入りにくい「フードデザート」と呼ばれる地域では、選択肢そのものが極端に限られています。
たとえば、近くのスーパーに並ぶのは冷凍ピザやスナック菓子ばかりです。
そんな環境で「もっと野菜を食べなさい」と言われても、実行は困難です。
つまり、肥満は「頑張れば防げる」ような単純な話ではなく、人間の脳、体、社会の構造が引き起こす総合的な現象だといえるでしょう。
では、そのような影響がある中で、肥満の人が痩せるようどのようにサポートできるでしょうか。
「ダイエットしろ」と言う代わりに行うべきこと

なぜ、従来の「もっと食事を減らし、もっと運動しなさい」というアドバイスがうまくいかないのでしょうか?
理由はシンプルです。それは現実を無視した“幻想”だからです。
たしかに、理論上は「摂取カロリー < 消費カロリー」であれば体重は減るはずです。
しかし、それを実行するには、前述のような脳やホルモン、社会的環境を乗り越える必要があります。
たとえば、報酬系が過敏に働いている人にとって、「食べること」は単なる栄養補給ではなく、ストレス解消であり、生きがいです。
それを単に「減らしなさい」と言うことは、心の逃げ道を奪うことでもあります。
さらに、このようなアドバイスは、“自己責任”という物語を強化します。
肥満の人々には、「努力不足」「自制心がない」といった視線が向けられがちですが、こうした誤解が差別や孤立を生んでいます。
実際に調査では、肥満者の70%以上が職場や医療現場で何らかのスティグマ(偏見・差別・レッテル)を経験していると報告されています。
このスティグマは、子どもたちにまで及び、いじめや自尊心の低下、うつを引き起こすこともあります。
実際、肥満の子どもは社会的な排除に遭いやすく、医療機関でさえも偏見に満ちた対応がされることがあります。
では、どうすればいいのでしょうか?

現在、専門家たちは以下の4つの方向性を提唱しています。
1つ目は、肥満を病気として認めることです。
糖尿病や高血圧と同じく、慢性的で再発性の病気として長期支援が必要です。
2つ目は、スティグマの撲滅。
医療・教育現場での偏見や差別を減らし、共感と理解に基づいた言葉遣いを心がける必要があります。
3つ目は、個別支援の強化です。
文化背景、心理状態、生活環境に応じた多面的な治療を提供するべきです。
4つ目として、社会環境の改善も必要です。
新鮮な食品へのアクセス、公共交通や公園の整備、健康的なライフスタイルを支えるインフラの拡充が求められます。
たとえば、学校で健康的な給食を提供する政策や、公共のジムを無料開放する施策、低所得者への食料補助制度などは、実際に行動変容を促す効果があります。
私たちが本当に目指すべきは、「もっと動け」「食べる量を減らせ」「ダイエットしろ」という単純な命令ではなく、共感と科学に基づいた“支え合う社会”なのです。
正しく理解し、適切に支援すれば、変化は必ず訪れることでしょう。
参考文献
Obesity care: why “eat less, move more” advice is failing
https://theconversation.com/obesity-care-why-eat-less-move-more-advice-is-failing-254628
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部