「コーヒーは心臓にも良かった」心房細動リスクを減らす可能性

医学界では長いあいだ、「カフェインは心臓に負担をかけるのではないか」と考えられてきました。

これは、カフェインが交感神経を刺激し、一時的に心拍や血圧を上げる作用を持つためです。

1970〜1990年代には、循環器学会や臨床研究の場で「カフェイン摂取が不整脈を悪化させる可能性」が繰り返し議論されてきました。

とくに心房細動(しんぼうさいどう:心臓の拍動リズムが乱れる不整脈)や高血圧の患者については、臨床現場でも「カフェインを控えるように」と指導されることが一般的だったのです。

しかし、近年の研究ではその見方に変化が見られています。

米国のカリフォルニア大学サンフランシスコ校(University of California, San Francisco)のクリストファー・X・ウォン(Christopher X. Wong)氏ら循環器内科チームによると、心房細動の患者を対象に行った臨床試験の結果、毎日1杯程度のコーヒーを飲む人のほうが、再発リスクが低い可能性が示されたのです。

この研究の詳細は、2025年11月付けで科学雑誌『JAMA』に掲載されています。

目次

  • コーヒー派が優勢?「1日1杯」で再発リスクが下がったという意外な結果
  • カフェインが“悪者”から“味方”に?――心臓を守る仕組みと今後の課題

コーヒー派が優勢?「1日1杯」で再発リスクが下がったという意外な結果

今回の研究では、心臓の拍動リズムが乱れる「心房細動」を経験した患者200人が参加しました。

いずれの参加者も、もともと日常的にコーヒーを飲んでおり、治療後の再発を防ぐために経過観察を続けている人たちです。

研究チームは、こうした患者を無作為に2つのグループに分け、6カ月間の経過を追いました

一方は「カフェイン入りコーヒーを毎日1杯以上飲み続ける」グループ、もう一方は「コーヒーを含めカフェインを完全に断つ」グループです。

これはコーヒーを飲み慣れた人たちが“いつもの習慣を続けるか、それともやめるか”を比較した試験であり、実験のために新たにカフェインを摂取させたわけではありません。

これは、日常に近い条件でコーヒーの影響を確かめた現実的な設計でした。

6カ月後、再び心房細動(または心房粗動)が起きた人の割合を比べたところ、結果は明確でした。

コーヒーを飲んだ人では47%、やめた人では64%が再発しており、コーヒーを飲んだ人のほうが再発リスクが低かったのです。

さらに、再発までの期間など時間経過を考慮した解析でも、コーヒーを飲んだ人は再発リスクは全体として約4割低いという結果が得られました。

しかも、脳卒中や心不全などの重大な副作用はどちらのグループでも増えませんでした。

また、平均の摂取量は「1日1杯(週7杯)」ほどであり、過剰な飲みすぎではありません。

心臓の病気を経験した人の中には、「コーヒーを飲み続けて大丈夫なのだろうか」と不安を感じていた人も少なくないでしょう。しかし今回の研究結果は、そうした心配に新しい見方を与えるものです。

日常の一杯が、かえって心臓のリズムを安定させる助けになっているという可能性はコーヒーを飲むことが習慣になっている人には嬉しい情報でしょう。また、コーヒーが好きでも「実際はあまり健康に良くないのでは」と気にしていた人にとっても、安心できるニュースと言えるでしょう。

心房細動は、生涯で3人に1人が経験すると言われるほど一般的な不整脈です。

の再発を防ぐ方法はいまだ限られていますが、今回の結果は「カフェインを避けたほうがよい」という従来の考え方を見直すきっかけになりそうです。コーヒーのような身近な嗜好品が、適量であれば心臓に悪影響を与えないどころか、再発を抑える可能性が示されたのは大きな意味があるでしょう。

では、なぜコーヒーを飲んだ人のほうが、心房細動の再発が少なかったのでしょうか。「カフェインは心臓に負担をかける」というこれまでの常識とは、正反対の結果ですが、なぜそのようになるのか? またこの研究の注意的について、このあと説明していきます。

カフェインが“悪者”から“味方”に?――心臓を守る仕組みと今後の課題

こうした結果はいったいどうして生まれたのでしょうか。

コーヒーに含まれる成分が、心臓の電気的な働きにどのような影響を与えているのか――研究チームは、その鍵をカフェインの生理作用に見いだしました。

カフェインは体内で「アデノシン受容体(adenosine receptor)」をブロックします。アデノシンという物質は本来、心拍をゆるめる働きを持ちますが、過剰に作用すると心房の電気信号が乱れ、心房細動を引き起こしやすくなります。

つまりカフェインは、アデノシンの働きを抑えることで心拍リズムを安定させる可能性があるのです。

さらに、コーヒーに含まれるポリフェノールやクロロゲン酸などの抗酸化・抗炎症成分も注目されています。

炎症は心臓の電気的な安定性を損なう要因のひとつですが、これらの成分が炎症を和らげ、心臓のリズムを整える効果に関与している可能性が示唆されています。

研究チームは、今回の試験結果が「コーヒーは不整脈を悪化させる」という長年の通念を見直す重要なきっかけになるとしています。

多くの患者が「コーヒーを飲むと心房細動が起きる」と信じて参加をためらった一方で、過去の個別化試験(I-STOP-AFib試験)では、カフェイン摂取が心房細動を誘発するという明確な証拠は見つかっていませんでした。そのため研究者らは、「カフェインを避けるべきだ」という考えは必ずしも科学的根拠に基づくものではないと指摘しています。

とはいえ、すべての人にこの効果が当てはまるわけではありません。

この研究は参加者も医師もどのグループに属しているかを知っていたオープン試験の形式で行われました。

心理的な影響や生活習慣の変化を完全に排除することはできず、その点が限界として残ります。

また、対象はもともとコーヒーを日常的に飲んでいた人たちです。

カフェインに敏感な人や普段ほとんど飲まない人には、同じ結果が当てはまるとは限りません。

平均摂取量は1日1杯であり、これを超えて飲めば不眠や動悸などを起こすリスクもあります。

エナジードリンクのような高濃度カフェイン製品では、同じ効果が得られるとは限りません。

また、研究期間は6カ月と比較的短いため、長期的な安全性については今後の研究が必要です。

また研究者たちは、「この効果はカフェインだけでは説明できない」と指摘しています。コーヒーは数百種類もの化学成分を含む複雑な飲み物であり、こうした成分の複合的な作用こそが心臓に良い影響を与えている可能性があります。

そのため、コーヒーではなく「カフェイン錠剤を飲めば同じ効果が得られる」といった単純な理解は誤りだと忠告しています。

長年、“心臓には負担を与える”とされてきたカフェインですが、今回の研究はそのイメージを覆す可能性があります。

コーヒーは体にいいのか悪いのか、という議論は続いていますが、適量を見定めるのであれば香り高い一杯は、健康につながる可能性が高いようです。

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元論文

Caffeinated Coffee Consumption or Abstinence to Reduce Atrial Fibrillation
https://doi.org/10.1001/jama.2025.21056

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

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