「投げ銭」や、スマホゲームのガチャ、課金アイテム。金額の上限が明確でなく、手に入る“成果”もはっきりと保証されていないにもかかわらず、気にせず課金する人たちがいます。
一方で、「絶対に払わない」ときっぱり線を引く人もいます。
この違いは、単にお金の余裕や節約意識の差だけではありません。そこには、人間の意思決定や感情の仕組みに根ざした、意外な心理的背景が隠れているのです。
本記事では、心理学や行動経済学の研究を手がかりに、「なぜ人は効果や上限が不明瞭な消費をするのか、あるいはしないのか」という疑問に迫ります。
目次
- 払う人と払わない人、その心理傾向の違い
- その差はどこから生まれるのか
払う人と払わない人、その心理傾向の違い
心理学やメディア研究では、ガチャやスーパーチャットのような“効果や上限が不明瞭な消費”を行う人には、いくつか共通する傾向が見つかっています。
まず大きいのは「社会的な動機」です。
投げ銭や課金アイテムは、単なるお金の移動ではなく、相手との関係や自分の存在を可視化する行為です。配信者から名前を呼ばれる、特別な演出が表示される、視聴者コミュニティ内で注目されるなど、「人から認められる」ことが直接的な報酬になります。
ある調査では、投げ銭経験者の多くが「推しの活動を支える満足感」や「感謝される喜び」を消費の理由に挙げています。
次に目立つのは「即時の反応や偶然の報酬に敏感」なことです。
ガチャのように結果がランダムな仕組みは、心理学でいう「変動比率スケジュール」という強化パターンに似ており、予測できないご褒美が与えられると強く惹きつけられます。こうした偶然性への感受性が高い人は、刺激を求める傾向や衝動性も高いとされます。
ただ、ここまでのことは言われるまでもなく、やっている本人も自覚している部分でしょう。
そして、消費行動の差を明確に分ける重要な心理傾向が「マテリアリズム傾向(Materialism)」です。
これは、お金を単に貯めることには魅力を感じず、お金の使い方を外部に可視化することで自分の存在や成功をアピールし、他者からの評価や社会的地位を得ることに意味を感じる価値観を指します。
そのためマテリアリズム傾向が高い人は、ブランド品や高級体験などへの出費に価値を感じやすい傾向があります。

同様にデジタル空間で“可視化される支出”にも価値を感じやすく、投げ銭や課金アイテムを自己表現や地位獲得の手段として肯定的に捉えます。
そのためマテリアリズム傾向が高い人達は、自分にとってそれが必要か? その消費に意味があるか? という点にはあまり興味がなく、お金の使い方を外部に可視化できるという点が重要になってきます。
一方、マテリアリズム傾向が低い人は、他人からの評価よりも「自分にとって必要かどうか」を優先し、結果が不確実な消費を避ける傾向が強くなります。こうした人達は同じ金額を使うなら、確実な価値や将来の安定をもたらす支出を選びやすく、派手さや一時的な注目に魅力を感じにくいのです。
そのため、マテリアリズム傾向が低い人はガチャ課金やスパチャなどの消費行動に対し、意味のないお金の使い方だと批判しますが、消費することの意味づけがそもそも両者で異なっているので、議論がかみ合わないのです。
つまり、払う人と払わない人の違いは、単に「浪費家か節約家か」ではなく、承認欲求・刺激への感受性・お金の意味づけといった心理要素の組み合わせによって形づくられているのです。
その差はどこから生まれるのか
無料で楽しめる課金系のコンテンツにお金を払う人と払わない人の差は、単純にその人の財産の余裕から生じているわけではありません。そこにはマテリアリズム傾向が関係していると考えられます。
では、このマテリアリズム傾向というものは、どこから生じるものなのでしょうか?
大きな要因となるのは、自己評価の低さや心理的不安です。
Chaplin & John(2007)の研究では、子どもや若者において自己肯定感が低いとき、物質的所有を幸福の源とみなす傾向が強まることが示されました。さらに自己肯定感を高める介入を行うと、マテリアリズム傾向が低下することも報告されています。
つまり「自分に自信が持てないときほど、外部にアピールできる形の消費に価値を感じやすい」という構図です。
またマテリアリズム傾向との関係で注目されているのが、相対的剝奪感(personal relative deprivation)です。これは「自分が他人より恵まれていない」と感じる主観的な感覚のことで、実際の収入や地位とは必ずしも一致しません。
イギリスの研究チーム(Kim, Callan, & Gheorghiu, 2017)は、この感覚とマテリアリズム傾向(materialism)の関係を4つの調査・実験で検証しました。結果は一貫して、相対的剝奪感が強い人ほど「自分の地位や豊かさが外部へ可視化できる消費(ブランド品・高級サービス・派手な消費)」に価値を感じやすいことが示されました。
この研究の中では、参加者に自分より裕福な人物と比較させると、相対的剝奪感が上昇し、それがマテリアリズム傾向の強まりにつながることが確認されました。逆に、自分より貧しい人物と比較した場合、この効果は見られませんでした。つまり、上方比較によって「自分は劣っている」という感覚が芽生えると、人は消費を通じて自己価値を補おうとする傾向が強まるのです。
このような心理は、スパチャやガチャのように結果が可視化され、他者からの承認が得られやすい消費行動と非常に相性が良いと考えられます。承認や達成感がすぐにフィードバックされるため、「ここで行動すれば劣った立場を補える」という感覚が強まりやすいのです。

これは意思決定のスタイルにも影響を与えます。心理学では、情報を集めて計画的に比較検討するシステマティック思考と、直感や感情に基づいて素早く判断するヒューリスティック思考という2つの傾向があるとされます。
システマティック思考の人は、購入や投資といった行動を「今使うべきか、それとも将来に回すべきか」という長期的視点で判断します。対してヒューリスティック思考の人は、瞬間的な感情や直感を重視し、「今この瞬間が楽しいかどうか」を優先する傾向があります。
このヒューリスティック思考と結びつきやすいのが、FOMO(Fear of Missing Out:機会損失の恐れ)です。
FOMOとは、「この機会を逃したら二度と手に入らないかもしれない」「今参加しないと取り残されてしまう」という感覚で、希少性を強調する演出や期間限定キャンペーンなどが典型的な引き金になります。この心理が働くと、人は冷静な比較検討をする前に「今行動しなければ」という衝動が強まり、瞬間的な支出を決断しやすくなります。
こうして見るとマテリアリズム傾向が高い人やヒューリスティック思考を持つ人には、ネガティブな印象を受けてしまいますが、何もこの傾向が悪いというわけでもありません。
マテリアリズム傾向が高い人は、長期的に貯蓄を目指す人よりも明確な消費目的を持つため、自身の気分を盛り上げたり仕事のモチベーションを維持しやすく、またヒューリスティック思考は意思決定が速く機会を逃しにくいというポジティブな要素があります。
逆にマテリアリズム傾向が低い人や、システマティック思考の人は、慎重な分、即断即決が求められる場面では意思決定が遅くなり、チャンスや楽しみを逃す可能性があります。また、変化への対応や気分の切り替えが遅れるため、環境の変化が激しい状況に対処しづらいというネガティブな側面もあります。
そのためどちらがいい、悪いということではありません。
日常的な消費行動では、計画性のない出費や依存的な課金行動はリスクがあります。逆に慎重すぎて日々の楽しみを逃し気分が重苦しくなる恐れもあります。こうした心理傾向を理解して、自分の行動を省みるとちょうどいいところで、毎日を楽しめるようになるかもしれません。
元論文
Social comparison, personal relative deprivation, and materialism
https://doi.org/10.1111/bjso.12176
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部