「イメージ通りに体が動かない」極端な運動音痴の背後に潜む”脳のDCD傾向”とは?

「ボールを投げると、どうしても狙ったところに飛ばない。」

「縄跳びも、頭では跳ぶタイミングが分かっているのに、なぜか足がひっかかってしまう。」

このような“もどかしさ”を、子どものころからずっと感じてきた人は、意外と多いのではないでしょうか。

一生懸命練習しているのに、なぜか周りの子どもたちと同じようには上達できません。

「自分は運動神経がない」「そもそも運動が向いていないのかもしれない」と思い込み、体育や部活動が苦痛に感じてしまった経験を持つ人もいるでしょう。

あるいは、「うちの子は何度教えても動きがぎこちない」「自分の体の幅や手足の動きをつかむのが苦手みたいだ」と感じている親御さんも少なくありません。

実は、「極端に運動が苦手」「何度やっても上手くできない」と感じる背景には、“脳と体の不思議な関係”が隠れていることがさまざまな研究からわかってきています。

単なる練習不足や努力の問題ではなく、「自分の体の動きそのものがうまく分からない」「頭で分かっていても体がついてこない」という現象の裏側には、どんな仕組みがあるのでしょうか。

この記事では、近年注目される「DCD(発達性協調運動障害)」と“身体イメージのズレ”という視点から、運動の苦手さの正体を一緒にひも解いていきます。

目次

  • 「どこが悪いのか自分でも分からない」“極端な運動の苦手さ”の正体
  • 「自分の体のイメージと現実がズレる」ボディイメージの謎に迫る

「どこが悪いのか自分でも分からない」“極端な運動の苦手さ”の正体

子どものころ、体育の時間に「どうして自分だけできないんだろう?」と悩んだ経験はありませんか。

同じように練習しても、他の子はどんどんできるようになっていくのに、自分だけ「失敗した原因が分からない」「どう直したら良いのかも分からない」と感じること、運動が苦手な子の特徴として珍しくありません。

実は、この“自分の失敗の原因に気付きにくい”という現象こそ、発達性協調運動障害(Developmental Coordination Disorder, DCD)の大きな特徴です。

DCDは、近年注目されている神経発達症(neurodevelopmental disorder)のひとつです。

DCDの子どもや大人は、「ボールをまっすぐ投げられない」「箸やペンをうまく使えない」「ダンスや縄跳びのリズムを体で再現できない」など、年齢相応の運動技能を身につけるのが極端に難しい傾向があります。

こうした特徴は、いわゆる“運動音痴”と呼ばれる人が持つ「なぜできないのか自分でもよく分からない」「何度やっても同じ失敗を繰り返してしまう」という運動に対する独特の悩みにつながります。

一般的な運動の苦手さは、運動経験の不足や体格・筋力、また過去の失敗体験による“苦手意識”などが関係している場合が多く、努力や経験の積み重ねで改善することが期待できます。

しかしDCDの特徴は、自分の動作の誤りを見つけて修正する力が弱い点にあるとされています。

たとえばキャッチボールで失敗したとき、多くの人は「肘が下がった」「タイミングが早かった」など原因を特定し、次に活かそうとします。

しかしDCD傾向の強い人は、失敗の要因や修正点に気づきにくく、同じ練習を反復してもなかなか上達しません。

ではなぜDCDの人は失敗の原因や問題点に気付きにくいのでしょうか?

この根本には、脳の“ある特別な特徴”が関わっていることが最近の研究では明らかになってきています。それこそが、運動が極端に苦手な人の謎を解くカギとなるのです。

「自分の体のイメージと現実がズレる」ボディイメージの謎に迫る

では、なぜDCDの人は「どこが悪いのか分からない」「何度も同じ失敗を繰り返す」のでしょうか。

その根本には、どうやら“自分の体が今どう動いているのか”を脳が正しく把握できていないボディイメージ(身体イメージ)のズレ」という問題があるようです。

ボディイメージとは、脳が「自分の体の大きさ」「手足の位置」「動かし方」などをイメージとして持ち、それをもとに動きをコントロールする仕組みのことです。

たとえば、暗闇でも自分の手がどこにあるか分かったり、机の角を避けて歩いたり、縄跳びのリズムに合わせて足を動かせるのは、ボディイメージが脳内できちんと機能しているからです。

ところが、DCD傾向のある人は、このボディイメージが現実の体の動きや位置とズレてしまうことが多いのです。

その結果、「物をよく落とす」「足の小指をぶつけやすい」「狭い場所で体を引っかけてしまう」「頭では分かっているのに体がついてこない」といった、日常の“うっかり”や極端な運動の苦手さが生まれます。

最近の研究(Tran et al., 2022)では、DCDの子どもたちが「目で見た情報」や「手足の位置を感じる感覚(固有感覚)」をうまく統合できず、脳が現実の身体を正確に把握できていないことが明らかにされています。

この研究ではたとえば、目を閉じた状態で手や足の位置を当てる課題では、DCD児は自分の手足がどこにあるかを正確に感じることが苦手で、普通の子どもより大きくズレてしまう傾向が見られました。

また、「動くターゲットを目で追いかけて手を伸ばす」といった、目と手の協調が必要な課題でも、DCD児はどうしてもタイミングが合わず、エラーや失敗が多くなることがわかっています。

さらに、バランスをとる運動(一本足立ちや平均台)や、細かい作業(ボタンを留める、スプーンを持つなど)でも、「目で見ているつもり」「手を動かしているつもり」なのに、結果として上手くできないズレが報告されました。

こうした感覚と運動の“ズレ”が、「物をよく落とす」「階段でバランスを崩しやすい」「物にぶつかりやすい」といった日常の“うっかり”や失敗体験の背景にもなっているのです。

Tranらの研究では、DCD児の多くが「友達と同じ動きを真似しているつもりなのにできない」「自分の手がどこにあるか分かりにくい」と感じているという声も紹介されており、こうした困難が日常生活や自信にも大きな影響を与えていることが報告されています。

つまり、DCDの極端な運動の苦手さは、筋力や練習量の問題だけでなく、「目・体・脳で感じる情報がバラバラに伝わってしまい、“今の自分の体”を正しくイメージすること自体がとても難しい」という脳の不思議な仕組みが関連しているのです。

このDCDは、学齢期の子どもの約5〜6%に見られるとされていますが、診断基準に満たない軽度の傾向を持つ人はもっと存在すると予想されています。これを聞いてなんとなくADHD傾向などと似たイメージを持つ人も多いかもしれません。

実際、DCD傾向のある人は高い確率でADHD(注意欠如・多動症)も併存していることが分かっています。

世界的な調査では、DCDとADHDがおよそ半数のケースで同時に見られることが報告されており、これは「不器用さ」や「運動の苦手さ」が脳と体のコミュニケーションの仕組みから生じていることを示しています。

「努力してもなぜ上手くいかないのか?」という疑問を抱いている人は多いでしょう。しかしその背景には、脳と体の感覚統合の“個人差”があるようです。

大切なのは、「苦手さ」にもちゃんと理由があると知り、無理に周囲と同じペースを求めるのではなく、一人ひとりの特性に合った学び方や工夫を見つけていくことです。

こうした問題の理解が進まないこと、対処できていないことも不登校児童が増えている一因かもしれません。

できない自分を否定するのではなく、自分のペースで、少しずつ「できる」を増やしていく――この姿勢こそが、苦手意識を乗り越え、運動の楽しさを再発見する力になるはずです。

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参考文献

Developmental Coordination Disorder (Dyspraxia)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK603724
Brain activation associated with motor skill practice in children with developmental coordination disorder: an fMRI study
https://doi.org/10.1016/j.ijdevneu.2010.12.002

元論文

Is Treating Motor Problems in DCD Just a Matter of Practice and More Practice?
https://doi.org/10.1007/s40474-015-0045-7
Sensory Processing Impairments in Children with Developmental Coordination Disorder
https://doi.org/10.3390/children9101443

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

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