骨折したら「生分解性人工骨」をその場でプリントできる新技術が開発

テクノロジー

アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)、韓国の成均館大学(SKKU)や高麗大学(KU)などによる国際的な研究チームの共同研究によって、接着剤を熱で溶かして貼り付ける道具(グルーガン)を改造し、患者ごとにピッタリ合う生分解性の人工骨を数分程度で直接傷口に作り出せる技術が開発されました。

発射されるのは接着剤ではなく、生体に優しいプラスチック(ポリカプロラクトン)と骨の成分(ハイドロキシアパタイト)を混ぜ合わせた特殊な「骨のインク」です。

ウサギを使った動物実験では、この人工骨を使った方法は従来の骨セメントを用いる方法よりも明らかに骨の再生を促進する結果を示しました。

この「手術室で骨を自在に描ける新技術」は、人間にも安全に応用できるのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年9月5日に『Device』にて発表されました。

目次

  • 手術室で『骨』を直接作るという新発想
  • 手術室で骨を『描く』新型プリンターの仕組みと効果
  • 【まとめ】手術室で自在に骨を作る——未来の治療法の可能性

手術室で『骨』を直接作るという新発想

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私たちの骨には元々、ある程度の自然治癒力が備わっています。

例えば、小さなひび割れ程度の軽い骨折なら、多くの場合、骨が自ら新しい細胞を作り出して修復することができます。

しかし、交通事故や大きなケガ、あるいは骨の腫瘍を取り除く手術などで、骨が大きく欠けてしまうことがあります。

このような大きな骨の損傷は、「クリティカルサイズ欠損」と呼ばれ、骨の自然な回復能力だけでは完全に治すことが難しいとされています。

そこで外科手術を行い、失われた骨を補う必要があります。

これまでの方法としては、金属製のプレートを使って骨を固定する方法、あるいは人工的に作られた骨(人工骨)を使って欠けた部分を補う方法があります。

また、「骨移植」という方法もあり、これは自分の体の別の部位(例えば腰の骨)から健康な骨を取り出して、欠けた部分に移植する方法です。

ただしこの方法には、健康な部分から骨を取り出すための追加の手術が必要で、患者さんの負担も増えてしまいます。

しかも移植できる骨の量には限りがあるため、大きな欠損には対応しにくいのです。

また、他人の骨(ドナー骨)を移植することも可能です。

しかし他人の骨を使うと、身体の免疫系がこれを異物として認識して攻撃してしまう「拒絶反応」や、細菌感染などのリスクが高くなります。

そのため、どの方法を選んでも完全に安全で簡単、というわけにはいきませんでした。

さらに従来の人工骨や金属製のインプラント(体内に埋め込む材料)を使う場合でも、別の問題がありました。

骨の欠損が複雑で不規則な形をしていると、患者さんに合わせてインプラントをぴったり作るのが難しくなります。

そのため、手術の前にCTスキャンなどを使って患者さんの骨の形を詳しく調べ、それに合わせてオーダーメイドのインプラントを作る必要があります。

これは手間と時間が非常にかかる上、費用も高くなってしまいます。

また、従来の人工骨や金属インプラントは本物の骨と硬さや性質が違うため、長期的に見ると患者さんの体に完全に馴染まないという課題もありました。

あえて分かりやすく言えば、これまでの骨修復法は「既製品を無理やり穴に詰め込んで対応してきた」ようなものでした。

つまり、患者さんの骨にぴったり合うようにオーダーメイドすることが難しく、理想的な治療とは言えなかったのです。

そこで韓国の研究者チームは、こうした問題を根本的に解決するため、新しいアイデアを思いつきました。

それは、患者一人ひとりの骨に完全に合った人工骨を、手術室の中で医師が直接作り出してしまうという方法です。

これを可能にしたのが、今回研究者たちが開発した「手術室用の3Dプリンター」です。

この新技術は、手術の現場でオーダーメイドの人工骨をリアルタイムで作り出し、骨欠損の治療を劇的に改善することを目的としています。

手術室で骨を『描く』新型プリンターの仕組みと効果

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研究チームは、「手術室用の骨プリンター」というユニークな装置を新しく開発しました。

見た目は私たちが工作などでよく使うグルーガン(熱で溶かした接着剤を出す道具)を改造したようなもので、細長い棒状の「インク」をセットして使用します。

ただし、この装置が出すのはもちろん接着剤ではなく、「人工的に作った骨」の材料です。

この特殊なインクの材料には、「ポリカプロラクトン(PCL)」というプラスチック素材と、「ハイドロキシアパタイト(HA)」という骨に含まれるミネラル成分が混ぜられています。

PCLは生体適合性(体内で安全に使えること)に優れ、徐々に分解されて最終的には自然に体内から消えていく特性を持っています。

一方、HAは私たちの骨の主成分と同じもので、骨の成長や再生を促す働きを持っています。

つまり、このインクは骨の代わりになる材料として理想的な性質を兼ね備えているわけです。

また、このPCLは約60℃という比較的低い温度で溶ける性質を持っており、80℃程度の温度に保った装置から押し出して使います。

押し出された直後のインクは約55℃ですが、約40秒という短い時間で体温付近(37℃前後)まで下がります。

そのため、周りの組織を傷つけにくい設計になっています。

イメージとしては、少し熱いお湯がすぐにぬるま湯になって、皮膚に優しく触れるような感じです。

研究チームはさらに、この材料の性能を向上させるために配合を工夫しました。

PCLにはいくつかの種類があり、その分子の長さ(分子量)によって性質が変わります。

実験の結果、分子量が特に大きなタイプのPCLを使い、それにHAを25%混ぜた組み合わせが最も優れた性能を示しました。

この組み合わせの人工骨は強度が非常に高く、数百ニュートンという大きな力(数十キロの重さに相当)にも耐えるほど丈夫で、骨の再生を促す能力(骨伝導性)にも優れていました。

さらに、この人工骨の材料には抗生物質(細菌の増殖を抑える薬)が含まれています。

使われているのはバンコマイシンとゲンタマイシンという2種類の抗生物質で、これらは術後にゆっくりと時間をかけて患部から放出され、周囲の細菌の増殖を抑えて感染症のリスクを下げる仕組みです。

例えるなら、傷口に塗る消毒薬をゆっくり染み込ませ続けるようなイメージです。

この人工骨プリンターの効果を確かめるため、実際に動物を使った実験が行われました。

研究者たちは、ウサギの太ももの骨に1センチほどの大きな骨欠損を人工的に作り、このプリンターを使って欠けた部分に人工骨を直接押し出して埋め込みました。

人工骨は約40秒ほどで体温程度まで冷えて固まり、欠けた骨の形にぴったりフィットしました。

その後、骨を支えるためにプレートとネジで固定する処置を加えました。

このようにして作られた人工骨は、非常に素早く固まるため、手術の時間はプレスリリースによれば数分程度で済む可能性があります。

また、手術中にその場で形を自由に調整できるため、患者に合わせた人工骨が非常に効率よく作れる点が大きな利点です。

そして12週間後に人工骨を調べてみたところ、その周囲にはしっかりと新しい骨の組織ができていました。

細菌感染や組織の壊死(細胞が死んでしまうこと)などの問題も一切なく、安全性の兆候が確認されました。

さらに重要な結果として、この新しい方法で作った人工骨の方が、従来の方法(骨セメントを使って穴を埋める方法)よりも、明らかに多くの骨が再生していました。

詳しい比率は図の形でのみ示されていますが、明確に骨の再生が向上していることがわかったのです。

また、新しい骨の表面積や骨の強度を示すデータも、従来の骨セメントを用いた方法より優れていることが確認されました(ただし骨の厚みに関しては差がありませんでした)。

あえて分かりやすく言うなら、このデバイスは「骨の3Dプリンター」というより、「骨を自在に描けるペン」のようなものです。

骨折した場所にぴったり合った骨を自由に描き込むことができ、さらに時間とともに徐々に材料が分解され、本物の骨に置き換わっていく点が非常に画期的なのです。

【まとめ】手術室で自在に骨を作る——未来の治療法の可能性

今回開発された、手術室で医師がその場で自由に骨を作れる技術は、骨折や大きな骨の欠損に対する治療方法を大きく変える可能性を秘めています。

従来の治療方法では、骨の欠損部分の形に合わせた人工骨を、手術の前にCTスキャンで細かく測定し、工場で作成してから手術をする必要がありました。

このプロセスは非常に手間がかかり、数日から数週間という長い準備期間が必要でした。

しかし、この新しい技術を使えば、医師が患者の骨の欠損部分を手術室で直接見ながら、その場でピッタリ合った人工骨を素早く作ることが可能になります。

そのため、準備期間を大幅に短縮でき、患者さんも治療を早く受けられるようになるのです。

さらに、この技術は緊急の手術にも非常に適しています。

例えば、交通事故やスポーツ中の大きなケガなど、急いで治療しなければならないケースでも、即座に最適な人工骨を作成して埋め込むことができます。

そのため、治療のスピードが向上し、患者さんが受ける体の負担やストレスも軽くなるでしょう。

また、この人工骨は特殊なプラスチック(ポリカプロラクトン)を主な材料として使っており、時間が経つと体の中で少しずつ分解され、本物の骨に徐々に置き換わっていきます。

これは非常に重要な特徴で、体の中にずっと残る人工材料と違い、治療後の違和感やトラブル(合併症)のリスクを減らすことが期待できます。

さらに、この人工骨には抗生物質(細菌を抑える薬)が内蔵されているため、骨折部分の感染症という術後に起こりやすい問題を抑えることもできます。

具体的には、人工骨に含まれる薬が患部からゆっくりと染み出すことで、手術後の感染リスクを減らす仕組みです。

これにより、患者さんはより安全に治療を受けられるようになるでしょう。

ただし、この新しい治療法を人間に応用するためには、まだまだ超えなければならない課題がいくつか残されています。

まず、安全性と効果を確実にするため、ウサギよりも大きな動物を使った試験が必要です。

これは、人間の骨とより近い条件での結果を確認するためです。

また、どの病院でも同じように安全で効果的に使えるよう、製造方法の標準化や徹底した滅菌(完全に細菌を取り除く処理)を確立する必要もあります。

研究チームも、実際に患者さんに使えるようになるには、こうした標準化・滅菌方法の確立や大きな動物での実験など、さらなる検証が必要だと指摘しています。

それでも、この新しいアイデアが現実のものになれば、複雑な形の骨折や欠損を抱える多くの患者さんが、簡単にオーダーメイドの治療を受けられる時代がやってくるでしょう。

言い換えれば、医師が特別なグルーガンのような装置を使って、まるで傷口に絵を描くように骨を作り出し、その場で治療を完成させられるかもしれないのです。

まさに骨折治療の新しい時代が始まろうとしていますが、はたしてこの画期的な技術は本当に人間の治療にも安心して使えるものなのでしょうか?

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元論文

In situ printing of biodegradable implant for healing critical-sized bone defect
https://doi.org/10.1016/j.device.2025.100873

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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