音楽経験者は「選択的な注意力」が高い

騒がしいカフェやレストランで友人の声だけに耳を澄ませるのは簡単ではありません。

その時私たちの脳は、雑音の中から必要な音を選び取っています

スウェーデンのカロリンスカ研究所(Karolinska Institutet)は、音楽経験者はそのような「選択的な注意力」が高いことを脳活動から確かめました

本研究は2025年9月17日に科学誌『Science Advances』に掲載されました。

目次

  • 騒がしい環境で「特定の音」を聞き分ける力とは?
  • 音楽経験が豊かな人ほど「選択的な注意力」が高い

騒がしい環境で「特定の音」を聞き分ける力とは?

騒がしい店内や路上、轟音が響く駅など、日常生活では他人の話し声や環境音が重なる場面が多く、必要な情報だけを聞き分けることは簡単ではありません。

この能力は選択的注意と呼ばれ、その注意力は個人差が大きいことが知られています。

過去の研究では音楽の訓練や演奏経験がある人は騒音下でも聞き分けが得意な傾向が報告されてきました。

しかし脳のどの仕組みがそれを支えているのかは十分に分かっていません。

そこで研究チームは音楽経験が選択的注意とどのように結びつくのかを実験課題と脳計測の両面から検証することにしました。

参加者は18〜49歳の男女で、合計48名。音楽経験の程度はさまざまでした。

音楽経験はGoldsmiths Musical Sophistication Indexという、音楽経験や音楽的能力を尋ねる「国際的な指標」で数値化されました。

この実験では異なる高さの2つのメロディを同時に提示しどちらか一方の音の流れに注意を向けて最後の音の変化を判断してもらいました。

他方のメロディに注意を奪われず「指定された音だけを追いかける力」を試す設計です。

また、脳活動が磁気脳波計で計測され、どの音に注意が向いているか分析されました。

ちなみに、研究は注意の働きを二つに分けて解析しています。

1つは、トップダウン型注意であり、目標や意図にもとづいて自分で集中をコントロールする働きです。

もう1つはボトムアップ型注意であり、突然の大きな音や予期しない刺激など外部からの情報によって無意識に注意が引き寄せられる働きです。

チームはこれら二つの注意が課題成績や脳活動とどのように対応するかを詳しく調べたのです。

音楽経験が豊かな人ほど「選択的な注意力」が高い

実験の結果、音楽経験が豊かな人ほど選択的注意が高く課題の正答率も良いことが示されました。

とりわけ2つのメロディを完全に重ねて提示した難条件でもその強みがはっきり表れていました。

また脳活動の解析では、トップダウン型注意の働きが強い場面で左の頭頂葉と前頭前野の活動が高まる特徴が観察されました。

そして左の頭頂葉の中でも下頭頂小葉と関連が示され、目標にもとづく選択の制御に関わることが示唆されています。

一方で外部刺激に引き込まれるボトムアップ型の影響が強いほど、右の下頭頂小葉や側頭領域の関わりが目立ち、課題成績は下がりやすい傾向が見られました。

さらに音楽経験が豊かな人は「注意を保つ力」も高く、集中のピークがより長く維持される特徴も観察されました。

この持続的注意は右前頭前野の活動と関係していることが分かっています。

これらの所見は、音楽経験が選択的注意を高める可能性を示唆しています。

このことを活用して、雑音下での聞き取り練習や楽器学習を通じて注意のコントロールを学ぶことも可能かもしれません。

またリハビリテーションでは、注意の維持や不要情報の抑制を促す訓練に音楽的要素を取り入れる応用が期待されます。

とはいえ、研究チームは本研究で「音楽トレーニングと注意力向上の因果関係そのものを証明したわけではない」と述べており、今後は音楽トレーニングによって、実際に注意力が向上するかどうかを確かめる研究が求められます。

もしかしたらあなたも音楽に親しむことで、日常の「聞き分け力」や持続的な集中力を高めることができるかもしれません。

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参考文献

Music training can help the brain focus
https://news.ki.se/music-training-can-help-the-brain-focus

元論文

How musicality enhances top-down and bottom-up selective attention: Insights from precise separation of simultaneous neural responses
https://doi.org/10.1126/sciadv.adz0510

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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