青魚に含まれるDHA(ドコサヘキサエン酸)といえば、脳の栄養素としてよく知られています。
記憶力アップや脳の健康維持に効果的だと語られる一方、近年では「心臓や血管の健康を守る脂肪酸」としても注目されてきました。
そんなDHAが、実は「精子を送り出す管=精管」の“過剰な収縮”を抑える作用をもっていることが、ラットを使った実験で新た判明しました。
東邦大学薬学部の研究グループによってもたらされたこの発見は、精管の収縮異常による男性不妊の改善に役立つ可能性が期待されています。
本研究成果は、2025年9月30日付で『Biological and Pharmaceutical Bulletin』誌に掲載されました。
目次
- DHAの新たな顔とは?“筋肉の収縮”をコントロールする力!?
- DHAがラットの「精管平滑筋の収縮を弱める」と判明
DHAの新たな顔とは?“筋肉の収縮”をコントロールする力!?
DHA(ドコサヘキサエン酸)は、サバやイワシ、サンマなど青魚に豊富な「n-3系多価不飽和脂肪酸」です。
これまでDHAの健康効果といえば、動脈硬化の予防や脳機能の維持、認知症予防など「長期的な摂取で効く作用」が中心に語られてきました。
一方、最近の研究では、DHAが血管や消化管の壁に存在する“平滑筋”と呼ばれる筋肉に対し、摂取してすぐに収縮を抑える働きがあることもわかってきています。
平滑筋は緊張を保つことや収縮によって内臓や血管の働きの維持していますが、自分の意思で動かせないのも特徴です。
そして今回の研究で注目された「精管」は、精巣から尿道まで精子を送り出すパイプのような器官です。
精管の壁には発達した平滑筋があり、射精において重要な役割を果たしています。
しかし、精管の“過収縮”や“異常な収縮パターン”が起こると、精子の流れが妨げられてしまいます。
精管の過度の収縮が、精液の通過障害や運動精子数の低下につながり、男性不妊の原因となることさえあるのです。
この研究では、DHAがこの精管の収縮にどんな影響を及ぼすのかを、ラットの精管平滑筋を用いて調べています。
研究チームは、交感神経から分泌されるノルアドレナリンという物質で精管を収縮させ、そこにDHAをさまざまな濃度で加えて、筋肉の反応がどう変わるかを詳細に観察しました。
また、筋肉の収縮に必要なカルシウムイオン(Ca²⁺)がどのルートで細胞に入るか、どの分子がDHAの作用ターゲットになるのかについても詳しく検証しました。
DHAがラットの「精管平滑筋の収縮を弱める」と判明
実験の結果、DHAはノルアドレナリンによって誘発される精管平滑筋の収縮を、「濃度依存的」にしっかり抑制することが分かりました。
つまり、DHAの量が増えるほど、精管の収縮は急性かつ効果的に弱まるのです。
この効果が現れるのは、DHAを加えてすぐのタイミングで、従来の「長期摂取による効果」とは異なる“即効性”があることも新たなポイントです。
このDHAの“即効性”の秘密を探るため、研究チームは「筋肉の収縮に必須なカルシウムイオン(Ca²⁺)の流入経路」に注目しました。
精管平滑筋では、細胞膜上のカルシウムチャネルを通じてCa²⁺が細胞内に流れ込むことで筋収縮が起こります。
今回の研究で特に重要だと判明したのが、TRPC3/6チャネル(Transient Receptor Potential Canonical 3/6チャネル)というカルシウムの“入り口”であり、DHAに反応することが示されました。
つまり、DHAは主にTRPC3/6チャネル経由のカルシウム流入を抑えることで、精管の収縮を弱めると結論付けられます。
なお、TRPC3/6チャネルのmRNA発現量は精管で特に高く、前立腺のような他の組織ではこのチャネルがあまり存在しません。
そのため、DHAによる収縮抑制効果は精管ではっきり見られ、前立腺ではほとんど見られませんでした。
さらに注目すべきは、本研究で有効だったDHA濃度は、食事やサプリメント摂取後に到達可能なヒト血中DHA濃度の範囲とおおむね重なっているという点です。
これは「日々の青魚やサプリのDHAが、実際にヒトでも精管の働きに影響を及ぼす可能性がある」ことを示唆しています。
ただし、この研究はラットの精管を用いた基礎的な実験であり、こうした現象の分子レベルでの仕組みや、ヒトで本当に同じ効果が現れるのかなど、今後さらに検証が必要です。
今後は、ヒトの精管細胞や臨床サンプルを用いた研究、DHA摂取が男性の精液や妊娠率に与える影響を調べる臨床試験などが期待されています。
DHAの“即効性”に関する新しい発見は、男性不妊症の理解とその予防・治療に新しい光をもたらすかもしれません。
参考文献
青魚に含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)が精管の収縮を抑制 — 男性不妊の新たな改善アプローチとして期待 —
https://www.toho-u.ac.jp/press/2025_index/20251010-1543.html
元論文
Docosahexaenoic Acid Targets TRPC3/6 Channels to Suppress Noradrenaline-Induced Contraction in Rat Vas Deferens Smooth Muscle
https://doi.org/10.1248/bpb.b25-00428
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部