運動すると食欲が低下するメカニズムを解明。運動なしの減量に役立つかも

「定期的に運動すると痩せる」のはなぜでしょうか。

その理由は消費エネルギーの増加だけではありません。

運動をして痩せる背景には、「食欲を抑える作用」も関わっているのです。

アメリカのベイラー医科大学(Baylor College of Medicine)研究チームは、運動で増える代謝物「N-ラクトイル-フェニルアラニン(Lac-Phe)」が食欲を下げる脳内のメカニズムを具体的に示すことに成功しました。

このメカニズムを利用するなら、「運動なしの減量サポート」も可能かもしれません。

この成果は2025年9月16日付の『Nature Metabolism』誌に掲載されました。

目次

  • 運動すると「あまりお腹が空かない」理由は?
  • 運動が空腹感を抑制するメカニズムを解明!減量に役立つ可能性

運動すると「あまりお腹が空かない」理由は?

運動した日は「不思議とあまりお腹がすかない」と感じる人がいますが、これは単なる気のせいではありません。

その理由を説明するものとして、これまで「運動と食欲を結ぶ信号が体内に存在する」と考えられてきました。

研究チームが注目したのは、運動時に体内で増えるLac-Pheという代謝物です。

Lac-Pheは乳酸とアミノ酸のフェニルアラニンから作られ、特にスプリントや高負荷トレーニングなど強い運動後に血中濃度が一時的に上がります。

この上昇はヒトやマウスに限らず、競走馬などでも観察されており、運動に伴う普遍的な反応だと考えられます。

また過去の動物実験では、運動させたマウスだけでなく、Lac-Pheを外から与えたマウスでも摂食量が減り、体重が低下することが報告されています。

ここで重要なのは、マウスの範囲であるものの、投与による明確な副作用が報告されていない点です。

では、増えたLac-Pheは体のどこで“食欲オフ”の合図に変わるのでしょうか。

鍵を握るのは、脳の深部にある視床下部という領域です。

視床下部には食欲を調整する複数の神経細胞群がまとまり、私たちの「空腹」や「満腹」の感覚を日々きめ細かく調節します。

中でも弓状核にあるAgRPニューロンは「お腹が空いた」という信号を強める役割を持ちます。

一方で視床下部にある室傍核(PVH:Paraventricular nucleus of the Hypothalamus)ニューロンは空腹感を抑える働きがあり、「もう食べなくていい」という食欲抑制の信号を担います。

ふだんAgRPはPVHの働きにブレーキをかけるため、AgRPが強いと空腹感が増し、PVHが弱くなります。

そのため、運動で増えたLac-Pheがこの綱引きにどう介入するかが、今回の研究の焦点でした。

運動が空腹感を抑制するメカニズムを解明!減量に役立つ可能性

研究チームは、Lac-PheがAgRPニューロンそのものを直接抑えることを示しました。

その際にスイッチの役目を果たすのが、AgRPニューロンにあるATP感受性カリウムチャネル(KATPチャネル)です。

Lac-PheはKATPチャネルを活性化してAgRPニューロンの活動を弱めます。

そしてAgRPの抑えが外れると、これまでブレーキを受けていた視床下部室傍核(PVH)のニューロンが相対的に活性化し、満腹側の信号が強まるのです。

さらに、KATPチャネルを薬剤や遺伝子ツールを用いてにブロックすると、Lac-Pheによる食欲低下が見られなくなることが確かめられました。

つまり、KATPチャネルはLac-Pheの効果に不可欠な分子ゲートだといえます。

これにより、運動が食欲を抑制するメカニズムが解明されました。

これには大きな意味があります。

運動で痩せるのは、単に「カロリーを消費するから」だけでなく、「脳の食欲回路を切り替えるシグナルを生む」ことが示されたからです。

この理解は、肥満や生活習慣病の新しい対策を考えるうえで重要な足場になります。

将来の展望としては、Lac-Phe自体やその働きを模倣する化合物を、体重管理のために利用できるかもしれません。

つまり、激しい運動が難しい人でも、食欲の調整を助ける治療が可能になるかもしれないのです。

一方で、ヒトでの有効性と安全性の評価、長期投与時の影響、年齢や性別、体組成、代謝状態などによる個人差の検証といった課題が残っています。

また、現在までの報告ではマウスで明確な副作用は示されていませんが、ヒトで同じとは限りません。

こうした検証が進めば、空腹感を抑える「運動なしの減量」の道も見えてくることでしょう。

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参考文献

Hunger-blocking exercise molecule drives weight loss without workouts
https://newatlas.com/disease/obesity/exercise-fat-loss-metabolite/

New study sheds light on how exercise helps lose weight
https://www.bcm.edu/news/new-study-sheds-light-on-how-exercise-helps-lose-weight

元論文

Lac-Phe induces hypophagia by inhibiting AgRP neurons in mice
https://doi.org/10.1038/s42255-025-01377-9

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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