赤ちゃんが大声で泣いていると、なぜかドキッとしたり、ソワソワしたり、落ち着かなくなる経験がありませんか?
その心の動揺は決して単なる気のせいではないようです。
仏サン=テティエンヌ大学(University of Saint-Etienne)らの最新研究で、赤ちゃんの泣き声を聞くと、大人の体温が物理的に上がることが判明しました。
一体なぜでしょうか?
研究の詳細は2025年9月10日付で科学雑誌『Journal of The Royal Society Interface』に掲載されています。
目次
- 赤ちゃんの泣き声が引き起こす体の変化
- 泣き声の「不協和音」に秘められた進化のサバイバル戦略
赤ちゃんの泣き声が引き起こす体の変化
赤ちゃんの泣き声は、ただの大きな音ではありません。
赤ちゃんが痛みや強い不快感を感じているとき、声帯は激しく振動し、声は乱れ、私たち大人が普段あまり聞き慣れない「不協和音」のような泣き方になります。
この混沌とした泣き声は、専門的には「非線形現象(Nonlinear Phenomena)」という難しい名前で呼ばれており、実は哺乳類の進化のなかで「どうしても無視できない信号」として組み込まれてきました。
今回の研究では、赤ちゃんにあまり馴染みのない成人ボランティアたちに、異なる状況(お風呂で不快になったときや、予防接種で針が刺さったときなど)の赤ちゃんの泣き声を16種類聞かせ、そのときの顔の皮膚温度をサーマルカメラで細かく測定しました。

その結果、赤ちゃんの「不協和音的な泣き声」を聞いたとき、大人たちの顔の皮膚温度は明らかに上昇しました。
これは体内の血流が急激に顔へと集まったためで、いわゆる「自律神経」が情動的に反応していた証拠です。
さらに興味深いのは、この反応に男女差がほとんどなかったことです。
「母性本能が強いから女性の方が反応しやすい」といった一般的なイメージとは違い、男女ともにほぼ同じくらい強い“生理的な反応”が見られたのです。
また、泣き声に「非線形現象(NLP)」が多く含まれているほど、大人の顔面温度の上昇も大きくなることが示されました。
つまり、人間は「赤ちゃんの苦しさ」を音の特徴として本能的にキャッチし、体が無意識にスタンバイ状態になるのです。
泣き声の「不協和音」に秘められた進化のサバイバル戦略
なぜ、赤ちゃんの泣き声にここまで私たちが強く反応するのでしょうか?
その答えは、私たち人類の長い進化の歴史のなかで、赤ちゃんが「自分の命を守るために」身につけたサバイバル戦略にあります。
言葉が話せない赤ちゃんは、自分の苦しさや危険を伝える唯一の手段として「泣き声」を利用してきました。
とくに強い痛みや危機にさらされたときには、声帯が激しく揺れ、音程もリズムもめちゃくちゃな、まるで「楽器が壊れたような」混沌とした音になります。
このような泣き声は、親や周囲の大人の脳と体に「今すぐ助けなきゃ!」という強い警報を発する効果があるのです。

今回の研究で明らかになったのは、人間はこうした「音響的特徴」にきわめて敏感であり、赤ちゃんが本当に苦しんでいるかどうかを“音の乱れ”として察知し、瞬時に情動・生理反応を起こすという点です。
また、従来「赤ちゃんの泣き声で夜中に目覚めるのは女性の方が敏感」とされていましたが、最近の研究では男性も女性も同じくらい赤ちゃんの泣き声に反応していることが分かっています。
ただし、起きてから実際に世話をする頻度や役割分担には社会的な背景(育児休暇の違いや授乳の有無など)が影響していると考えられています。
つまり、赤ちゃんの泣き声が大人の体温を上昇させる現象は、進化的に組み込まれた「見逃せないサイン」だったのです。
参考文献
Babies’ cries can make humans physically hotter, research finds
https://www.theguardian.com/science/2025/sep/10/babies-cries-can-make-humans-physically-hotter-research-finds
元論文
Nonlinear acoustic phenomena tune the adults’ facial thermal response to baby cries with the cry amplitude envelope
https://doi.org/10.1098/rsif.2025.0150
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部