アフリカやオーストラリアの乾燥した大地では、「フェアリーサークル(Fairy Circle)」と呼ばれる奇妙な円形の禿げた地形が形成されることがあります。
この不思議な地形「フェアリーサークル」には、数メートル規模から、数百メートル規模までさまざまなサイズが存在していて、十数メートルほどの小さなフェアリーサークルについては、主に植物同士の水をめぐる争いや、シロアリの巣づくりなどによってできると考えられてきました。
ナミビアやオーストラリアなどで見られる典型的な「植生パターン」としてのフェアリーサークルは、この説明でかなりの部分が解決されつつあります。
一方で、直径が百メートルを超えるような大規模な円形地形については、従来の植生モデルやシロアリ説だけでは説明が難しく、科学者たちの間でも議論が続いてきました。なぜこれほど大きく、しかも規則正しい円が自然に生まれるのか、その仕組みはまだ完全には解明されていません。
こうした中、オーストリアのウィーン大学(University of Vienna)らの研究チームは、大規模なフェアリーサークルが、「地下からゆっくりと湧き上がるガスが原因ではないか」という新しい研究を発表しました。
そして彼らが行った数値シミュレーションの結果、「フェアリーサークルの下には、新たなエネルギー資源が眠っている可能性」が浮かび上がってきたのです。
この研究の詳細は、2025年9月付けで地質学の科学雑誌『Geology』に掲載されています。
目次
- 不思議な円形地形フェアリーサークルの謎
- 天然水素を油田のように利用できるのか?
不思議な円形地形フェアリーサークルの謎

フェアリーサークルは、世界の乾燥地帯で突如として現れる円形の禿げた窪地です。
遠くから見ると、まるで宇宙人のいたずらか、地底から何かが湧き出した痕のようにも見えます。
特にナミビアやオーストラリア、ロシア、ブラジルなどの乾いた草原や砂地でよく見られ、古くから地元の人々の間でも不思議な現象として語り継がれてきました。
衛星画像やドローン写真では、そのパターンが地上絵のようにくっきりと浮かび上がり、科学者たちをも魅了してきました。
しかし、その正体については長い間、はっきりした答えがありませんでした。
これまでフェアリーサークルの原因としては、大きく分けて二つの説が有力とされてきました。
一つは「シロアリ説」です。
これは地下に住むシロアリが、地表の植物を食べてしまうことで、円形のハゲ地ができるという説です。
もう一つは、「植物の自己組織化理論(self-organization)」と呼ばれるものです。
これは、限られた水や栄養分をめぐって植物どうしが競争するなかで、自然と円形の模様ができるという考え方です。
どちらの説にも根拠はありましたが、どちらか一方だけで世界中のフェアリーサークル現象すべてを説明することはできませんでした。
またフェアリーサークルは、場所によっては直径が数百メートル、深さは数メートルほどになることもあり、この規模のフェアリーサークルの形成については、上記の理論では説明することができません。
そこで今回ウィーン大学の研究チームが注目したのは、「地面の下で何か“何らかのガス”が湧き出しているのではないか?」という説です。
地中深くからガスがゆっくりと湧き上がることで、その圧力が地表の地盤を押し上げたり沈めたりし、円形の凹地が生まれることがあります。実際に、地下のガスや水が動くことで似たような地形ができるケースも知られています。
しかし、この理屈で本当に既存の確認されているようなフェアリーサークルが形成されるかどうかはまだわかりません。そこで研究チームは最新の数値シミュレーション(numerical modeling)技術を使い、地下からガスがゆっくりと上昇した場合に地表がどう変形するかを詳細に計算することにしました。
研究チームは、地層の中に小さなガスの“湧出口”があると仮定し、そこからガスが地表に向かってゆっくりとしみ出していく様子をシミュレーションで再現しました。
シミュレーションの結果、地盤の中はまるで水分を含んだスポンジのような状態になり、ガスと水分(地層中の水)が押し合う「二相流(two-phase flow)」という現象が生じることがわかりました。そしてこのモデルでは、ガスの圧力が十分に高まると地層が局所的に盛り上がったり沈み込んだりし、その影響で地表に円形の凹地(fairy circle depressions)が形成される様子が再現されたのです。
なお、このシミュレーションで再現された円形の凹地は、直径が約120メートルから400メートルという大きなサイズでした。そのためこの形成原理は、既存の理論で説明されてきた数メートル規模のフェアリーサークルの形成方法を否定するわけではありません。
また、この研究ではシミュレーションに「天然水素ガス(水素混合ガス)」が用いられています。
理論上は窒素やメタンなどのガスでも問題はありませんが、研究チームは水素を選択した理由として、水素は地球上で最も軽く、反応性の高い元素であり、再生可能エネルギーとしても期待されているためだと説明しています。
これまで水素は地表の岩石反応や深部の熱水活動によって生成されることが知られてきましたが、実際に地表付近で天然水素が湧き出している事例は世界的にもまだ珍しい状況です。
もしフェアリーサークルの形成に地下に埋蔵された水素の湧出が関わっているとしたら、謎のサークルが単なる地形の不思議にとどまらず、地球が秘める新たな資源探しの重要なヒントになるかもしれません。
天然水素を油田のように利用できるのか?
もし地球の大地が、私たちの暮らしを支える“クリーンエネルギー”を静かに生み出していたとしたら、そんな夢のような話が、いま現実味を帯びつつあります。
世界中でカーボンニュートラル(脱炭素化)が叫ばれる現代、エネルギー問題はまさに私たち全員の身近な課題になっています。
太陽光や風力、水力などの再生可能エネルギーは大きな注目を集めていますが、実はその貯蔵や安定供給の面では、いまだ多くの技術的な壁が残されています。
この問題を解決する切り札の一つとして注目されているのが、水素エネルギー(hydrogen energy)です。
水素は燃やしても水しか排出せず、大気汚染や温暖化ガスを出さない理想的なエネルギー源です。しかし、今使われている水素の多くは、天然ガスや石油、石炭などの化石燃料を原料に作られており、その過程で二酸化炭素(CO₂)が発生します。
また、「水を電気分解して作る水素」は本来クリーンですが、使われる電気が火力発電によるものであれば、結局CO₂の排出が避けられません。本当にクリーンな水素を得るには、再生可能エネルギーの電気を利用する必要がありますが、現時点ではコストや設備の面でまだ多くの課題が残されています。
ここで「天然水素(natural hydrogen)」という新しい選択肢が注目され始めています。天然水素とは、地中や地層の中から自然に湧き出てくる地球由来の水素ガスのことです。
もしこの天然水素を効率よく取り出せれば、エネルギー革命が現実のものになるかもしれません。
では、本当に地下の天然水素を使えるエネルギーとして私たちの社会に活用できるのでしょうか。
実は、天然水素の大規模な採掘や商業利用は、まだ世界でも始まったばかりの挑戦です。
現時点では、地下水素の湧出量や純度がどの程度安定しているのか、技術的・経済的に持続可能な形で掘り出せるのか、地下で何が起きているのかを正確に把握する方法が十分ではなく、多くの課題が山積しています。
今回のウィーン大学の研究も、地下のガスが円形地形をつくる現象をモデル化したにすぎず、実際に水素が地表に湧き出しているかどうかは明確ではありません。
またそれを集めてエネルギーとして利用できるのかは、別の問題になってきます。地下水素資源が安定的かつ大量に利用できるという希望的な見方がある一方で、専門家の中には利用可能な量の地下水素資源が存在するのかどうかには懐疑的な声も少なくありません。
それでも、今回のような新しい物理モデルや地質調査の可能性は、天然水素という“眠れる資源”の利用について、新たな可能性を示しています。
もしフェアリーサークルの下に天然水素の湧出口が本当に存在し、その供給が安定していることが証明されれば、エネルギー問題に対する社会の仕組みが大きく変わる可能性があります。
地球のミステリーが、未来のエネルギー革命への入り口となる日が来るのかもしれません。
参考文献
Fairy circles may point to underground sources of clean energy from natural hydrogen reserves
https://www.earth.com/news/fairy-circles-may-point-to-underground-sources-of-clean-energy-from-natural-hydrogen-reserves/
元論文
The mechanical genesis of “fairy circle” depressions
https://doi.org/10.1130/G53384.1
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部