触れた生物を凍らせて海中をゆっくり伸びる自然現象「死の氷柱:ブライニクル」

南極

もしあなたが南極の海に潜ったら、海氷の下から1本の氷の管が、地面に向かってゆっくりと伸びてくる様子を目撃するかもしれません。

その氷の管は、見た目にはまるで鍾乳石のようで、海面から海底へ“下へ下へ”と成長していきます。そしてその触れた先にいたウニやナマコなどの小さな生き物は、ゆっくりと凍りつき、命を落とすのです。

この不思議で少し恐ろしい自然現象は「死の氷柱(しのつらら)」、英語では**Brinicle(ブライニクル)**と呼ばれています。

この海の生き物にゆっくりと死の指を伸ばす神秘的な自然現象について、今回は最前線の研究成果を交えて解説していきます。

目次

  • 極地の海で見つかった氷の管
  • 氷の下で起きていること──ブライニクルを生み出す自然の仕組み

極地の海で見つかった氷の管

Credit:Barge, L. M.et.al.,Chemical Reviews(2015)

現在「死のつらら(brinicle:ブライニクル)」として知られるこの現象が、初めて科学的に報告されたのは1970年のことです。

南極・マクマード湾での観測中、アメリカの海洋生物学者パウル・デイトン(Paul K. Dayton)と物理海洋学者スティーブン・マーティン(Stephen Martin)が、海氷の下に中空の氷の管が垂れ下がっている構造を発見しました。

そしてこの発見は、翌1971年に科学雑誌『Journal of Geophysical Research』で発表されました。

当初、この現象は形状が鍾乳石に似ていることから「sea-ice stalactite(海氷鍾乳石)」と呼ばれましたが、後にその成長メカニズムが鍾乳石とはまったく異なることが判明し、「brinicle(ブライニクル)」と呼ばれることになります。

これはこの氷の管が、塩水(brine)が流れ出す過程で形成されたつらら(icicle)のような構造であることから、作られた造語です。この語は科学論文でも定着し、現在では正式な用語として使用されています。

この構造の本質は、氷点下でも凍らない濃い塩水が、周囲の海水を凍らせながら下降し、筒状の氷構造を形成するというものです。

ブライニクルという現象が広く一般に知られるようになったきっかけは、2011年にBBCが放送した自然ドキュメンタリー番組『Frozen Planet』だと言われています。

この番組では、南極の浅海域において、氷の下から海底に向かって伸びていく氷の管がはっきりと映像に記録されました。

その映像には、ブライニクルの先端が海底に達し、そこにいたウニやヒトデなどの底生生物が凍結されていく様子も含まれており、視聴者に大きな印象を与えました。

ウニやナマコなどの底生生物は移動速度の遅いが遅いため、低温の塩水による凍結から逃げ切れず、この現象から逃れられず凍結して死ぬことがあるのです。

この映像により、「brinicle」という科学用語は「death icicle(死の氷柱)」という呼び名とともに一般にも認知され、注目を集めることになったのです。

最近発売されたゲーム「DEATH STRANDING 2」の中にも、ステージの演出としてこの現象が登場していたので、そこでこの自然現象を知ったという人もいるかもしれません。

ゲーム「DEATH STRANDING 2」にもこの現象が登場している/© KOJIMA PRODUCTIONS

では、この不思議な現象はどのような原理で起きているのでしょうか?

氷の下で起きていること──ブライニクルを生み出す自然の仕組み

氷の下に伸びていくブライニクル──この不思議な氷の管がどのようにできるのかを理解するには、まず「海水が凍るときに何が起きているのか」を知る必要があります。

南極の冬、気温は−20℃から−40℃にも下がります。海の表面は次第に凍り、厚い氷の層が形成されていきます。けれど、ここで一つ重要な事実があります。海水が氷になるとき、塩分は氷の中に取り込まれず、外に押し出されるのです。

私たちが普段使っている「水」は、0℃で凍ります。けれど、海水のような塩分を含む液体は、−1.8℃程度にならないと凍りません。これは、水の中に「他の物質(この場合は塩=主に塩化ナトリウム)」が溶けていると、水分子だけで作られる規則正しい氷の結晶ができにくくなるからです。

氷というのは、冷却されてエネルギーが下がった水分子が、きちんと並んで六角形の結晶構造を作ることで生まれます。けれど、その中に塩分が入り込んでいると、水分子がうまく並ぶのを邪魔してしまうのです。

そのため、もっと冷やして水分子の運動を弱めてあげないと、結晶ができずに凍りません。

そのため海水が凍る際には、水分が優先して氷付き、塩分は押し出されて氷の中の小さな隙間に閉じ込められていきます。このとき生じる濃くて冷たい塩水は「ブライン(brine)」と呼ばれます。

このブラインは、もとの海水よりもはるかに塩分濃度が高く、−20℃くらいでも凍ることなく液体のままで存在します。そして、密度が高いため、重力に引かれて自然と下へ沈んでいきます。

氷が成長する過程で、ひび割れや小さな水路(ブラインチャネル)が形成されると、その隙間を通ってブラインが氷の下へと流れ出します。そしてここで、あの不思議な現象「ブライニクル」の形成が始まるのです。

極端に冷たいブラインが海水中に流れ出すと、その周囲の海水が急速に冷やされて凍り始めます。すると、流れ出るブラインのまわりに、まるでトンネルの壁のように薄い氷の層ができあがっていきます。

そのまま氷の管が下へ下へと伸びていき、中空の氷のチューブの中をブラインが流れる状態になります。これが「ブライニクル」と呼ばれる自然現象なのです。

ブライニクル形成の解説図/Credit:Wikimedia Commons

「ブライニクル」は1分間に数センチというゆっくりとした成長ですが、数十分もすれば、氷の管が海底まで届くこともあります。そして、その先に運悪くヒトデやウニなど移動の遅い生物がいると、彼らは冷たいブラインに触れて凍ってしまうのです。

実験室で再現された“死の氷柱”

この不思議な現象を、実験室の中で再現した研究があります。

スペインのグラナダ大学とアメリカのNASAジェット推進研究所の研究チームが、実際に氷の下で起きている環境を模した装置を作り、2024年にその結果を科学誌『The Cryosphere』に発表しました。

実験室で再現されたブライニクルの成長過程/Credit:Testón-Martínez, S. et al., The Cryosphere (2024)

研究者たちは、冷やした塩水(ブライン)をガラス容器に注ぎ、そこに通常の海水に相当する水を入れることで、海中の条件を再現しました。すると、予想通りブラインは下に向かって沈み、その周囲の水を次々に凍らせながら氷の管を形成していきました。

このとき観察された氷の管の表面には、南極で実際に観測されたブライニクルと同じように、成長方向と直角に伸びる氷の結晶が並んでいたのです。これは、自然界でのブライニクルが再現されたことを裏付ける強力な証拠となりました。

実験を通じてわかったのは、ブライニクルの形成には、流れ出すブラインの量、温度、水との温度差、流速などが大きく関係しており、それらの条件がわずかに変わるだけで、氷の管は形成されなかったり、途中で成長が止まったりするということでした。

ブライニクルは極めて限られた条件下でのみ現れる精巧な自然構造なのです。

ブライニクルと似た現象「ケミカルガーデン」

このブライニクルという現象には、実は似たような仕組みでできる別の現象があります。それが「ケミカルガーデン(chemical garden)」です。

ケミカルガーデンとは、たとえば金属塩の結晶をアルカリ性の水溶液に入れると、その結晶のまわりから管のような構造が生えてくるというもので、まるで植物のような形になることから「ガーデン」と呼ばれます。

内部の濃い溶液が、外側の液体よりも軽いため、上に向かって流れながら管が成長していきます。

ケミカルガーデンの例/Credit:Barge, L. M.et.al.,Chemical Reviews(2015)

一方、ブライニクルでは、ブラインは重いため下に向かって流れます。しかし、どちらも「内部の液体が周囲と接し、チューブ状の構造を作る」という点では共通しています。

2013年には、スペインの研究者ジュリアン・カートライト博士らがこの類似性に注目し、ブライニクルは「逆さに成長するケミカルガーデン」だとする論文を発表しました(『Langmuir』誌掲載)。この発想により、ブライニクルという現象は、単なる極地の珍しい氷の構造ではなく、物理・化学の法則が生み出す普遍的なパターンの一つとして位置づけられるようになったのです。

とてつもなく冷たい塩水が海水を凍らせながら海底へ伸びていき、その先にいる生物まで凍らせる。

自然は時に、美しく、そして残酷な非常に興味深い現象を見せてくれます。

“死の氷柱”という名にひそむこの現象もまた、私たちに自然の奥深さと、そこに潜む秩序の存在を静かに教えてくれているのかもしれません。

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元論文

Experimental modelling of the growth of tubular ice brinicles from brine flows under sea ice
https://tc.copernicus.org/articles/18/2195/2024/
Brinicles as a case of inverse chemical gardens
https://doi.org/10.48550/arXiv.1304.1774

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

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