脳波(EEG)検査と聞いて、あなたはどんな光景を思い浮かべるでしょうか?
おそらく多くの人が、太い電極をびっしり貼りつけられた、まるでマスクメロンのような網目状の頭を想像することでしょう。
しかしそんなスタイルが、大きく塗り替えられようとしています。
アメリカのペンシルベニア州立大学(Penn State)を中心とする研究チームが、人の髪の毛そっくりな形と質感を持つ新型EEG電極の開発に成功したのです。
この電極は、見た目も装着感も限りなく「髪の毛」に近く、性能面でも従来型を凌駕する可能性を秘めています。
研究の詳細は、2025年3月18日付で科学誌『npj Biomedical Innovations』に掲載されました。
目次
- 脳波検査の常識を覆す!「髪の毛」みたいに細い電極が登場!
- 驚異の耐久性と伸縮性!「髪の毛型」電極は幅広い可能性を秘めている
脳波検査の常識を覆す!「髪の毛」みたいに細い電極が登場!
脳波(EEG)検査とは、脳の神経活動に伴って発生する微弱な電気信号を頭皮から測定する技術です。
睡眠障害やてんかん、認知症、脳卒中の診断など幅広く用いられており、近年ではブレイン・マシン・インターフェース(BMI)の基盤技術としても注目されています。

しかし、その有用性に反して、EEG検査にはいくつかの課題がつきまとってきました。
最も大きな問題は、従来の電極が扱いにくく、快適性に乏しいという点です。
現在広く使用されている金属電極は、導電性ジェルを必要とします。
このジェルは時間の経過とともに乾燥し、電極の接触品質が低下してしまいます。
そのため、長時間の測定には向いていません。
さらに、頭皮に密着させるためにキャップや粘着テープで固定する必要があり、利用者にとっては物理的にも心理的にも大きな負担になります。
また、頭髪の存在が問題でした。
髪が多いと、電極が頭皮としっかり接触せず、ノイズが入りやすくなります。
特に日常生活の中で装着し続けるには、目立たず、かつ安定して脳波を取得できるデバイスが必要でした。

こうした課題を解決するために、今回の研究では髪の毛のように細く、柔軟で、目立たず、しかも高性能な電極が設計されました。
この新型電極は、3Dプリンタで髪の毛状に印刷されており、電極部には導電性ハイドロゲルを使用。
電極自体は生体接着剤を使用して頭皮に取り付けられますが、市販のEEGジェルの2倍の強度があると判明しています。
しかもシャワーを浴びたり、運動で発汗したりしても剥がれず、はがすとき剥がす時に皮膚にダメージを与えることもありません。
髪の毛のように細く、目立たず、貼るだけで使える電極なのです。
では、この新しい電極はどれほどの性能を有しているのでしょうか。
驚異の耐久性と伸縮性!「髪の毛型」電極は幅広い可能性を秘めている
研究チームは、実際にこの「髪の毛型」電極を被験者の頭部に装着し、さまざまなテストを行いました。
まず注目すべきは、その電気的安定性です。
通常、電極と皮膚の間に生じる電気抵抗(インピーダンス)が高いと、脳波の信号はノイズに埋もれてしまいます。
しかしこの電極では、頭髪がある頭皮上においてもインピーダンスが安定していました。
次に、長時間の装着耐性についてです。
被験者が日常生活を行いながら24時間連続で装着した状態でも、電極は剥がれることなく密着し続け、インピーダンスの変化もほとんど見られませんでした。
さらに、耐久性と伸縮性の試験も実施されています。
電極に対して100回の引っ張り(最大10%の伸張)を行った後でも、電気的特性に大きな変化はなく、安定した信号取得が可能であることが示されました。
また、一時的に最大200%までの伸張に耐えられることも確認されており、日常的な動作や摩擦に強いことが実証されています。

帽子の着脱や、手で髪をとかすといった動作にも耐えうる設計で、日常生活に支障をきたしません。
しかもこの電極は、複数の髪色に対応した染色が可能で、髪にまぎれて外見からはほとんど識別できません。
もちろん、現段階ではいくら電極が細くとも、脳波を計測するためには有線で機器に接続しなければいけません。
それでも研究チームは、これらのワイヤレス化を目指しています。
では、この電極は今後どのような場面で使用されていくことが予想されるでしょうか。
たとえば、てんかん患者の自宅モニタリングでは、病院に泊まらずとも日常生活の中で発作兆候を記録できるようになります。
また、メンタルヘルスチェックへの応用も期待されています。
ストレスや不眠の兆候を脳波から捉え、スマホアプリと連動するウェアラブル機器として使用できる可能性があります。
ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)の分野では、ユーザーが目立たない形で電極を装着し、ドローン操作や文字入力を行うといった活用が期待されます。
さらに、教育現場やビジネスシーンでは、学生や社員の集中状態を可視化し、最適な作業環境づくりに活かせるかもしれません。
加えて、3Dプリントによるカスタム設計が可能なため、将来的には個人の頭部形状や髪型に合わせたオーダーメイド電極も登場する可能性があります。
このように、この新しい電極は、「不快で目立つ脳波検査」という常識を根底から覆すだけでなく、あらゆる分野での可能性を秘めています。
参考文献
Single hair-like electrode outperforms traditional 21-lead EEG
https://newatlas.com/medical-devices/3d-printed-hairlike-eeg-electrode/
The future of brain activity monitoring may look like a strand of hair
https://www.psu.edu/news/research/story/future-brain-activity-monitoring-may-look-strand-hair
元論文
Stick-and-play bioadhesive hairlike electrodes for chronic EEG recording on human
https://doi.org/10.1038/s44385-025-00009-x
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部