脊髄が性交時の腰振りや射精後の賢者タイムも生み出していた

性交中の腰振りのリズムは、意識して調整している印象があります。

実際、これまでの理解では、こうした性行動のリズムや快感につながる動きは脳がコントロールし、脊髄は単に射精という反射を引き起こす役割にとどまると考えられてきました。

ところが、ポルトガルのシャンパリモー財団神経科学研究所(Champalimaud Foundation, Portugal)のスサナ・リマ(Susana Lima)博士らの研究チームは、この常識を覆す発見を報告しました。

研究によると、脊髄には「ガラニン」という分子を目印とする神経細胞の集まりが存在し、この回路が射精反射に加えて、腰振りのリズムや射精後の不応期(賢者タイム)までも調整していることが示されたのです。

この発見は、性行動の理解を大きく広げるとともに、将来的には勃起不全(ED)や早漏といった性機能の悩みの理解や治療研究にヒントを与える可能性があります。

「研究の詳細は、2025年9月付けで科学雑誌『Nature Communications』に掲載されています。」

目次

  • 性行動の不思議 ― なぜ教わらなくてもできるのか?
  • 「腰振りのリズム」から「賢者タイム」まで脊髄の働きだった

性行動の不思議 ― なぜ教わらなくてもできるのか?

動物は誰かに教わらなくても、成熟すれば自然と交尾行動をとるようになります。特に射精を促すために性交の際に激しく腰を振る運動は、人間を含む多くの哺乳類で見られます

この「本能的にできる」行動の裏には、体にあらかじめ組み込まれた仕組みがあるはずです。

似たような疑問は、歩き方や呼吸の仕方にも当てはまります。私たちは息の仕方を誰かに教わることなく実行でき、歩くときも自然に右足、左足とリズムよく足を運びます。

ここには脊髄の働きが関係しています。脊髄は脳のように考えて意思決定する器官ではありませんが、条件に応じて反射を起こし、歩行や呼吸といった動作のリズムを生み出す「パターン発生器」の役割を持ちます。

こうして脊髄は、私たちの体の多くの自動的な動きを支える基盤になっているのです。

では、性交における基本的な動作も脊髄の働きによる自動的なものなのでしょうか?

しかし、多くの人は性交はかなり頭を使って考えながらやっているというイメージがあるかもしれません。

実際、従来の理解では、脊髄は性交において刺激に反応して射精を起こす程度の場所だと考えられていました。

これはラットの実験において、陰茎の神経を脳と切り離しても、脊髄との回路が残っていれば陰茎に刺激を与えることで射精が起こることからわかっている知られていました。

またこの実験では、脳と脊髄がつながった通常のラットでは、同じ刺激でもすぐに射精は起こらないことも知られており、脳が射精を我慢するブレーキの役割を果たし、適切なタイミングで脊髄の反射を解放しているのだと考えられています。

ただ、これまでの研究では、性行動に関わる脊髄の役割は「射精反射」以外は特に見つかっておらず、基本的には脳で考えて実行されていると考えられていました。

しかし、今回の研究チームはある事実に注目しました。

それは射精に重要な筋肉「球海綿体筋(bulbospongiosus muscle, BSM)」を支配する脊髄ニューロンに、ガラニンという呼吸や歩行といったリズム運動を作り出す神経伝達物質(神経ペプチド)が存在しているという事実です。

このことから研究者は、「脊髄は射精という単純な反射だけでなく、性交のリズムを含む性行動のもっと広い動作も司っているのではないか」と疑いました。

つまり、性行動そのものも歩行や呼吸のように「意識的にも無意識的にも」遂行できる行動として、脊髄が大きな役割を担っている可能性があるというのです。

そこで研究チームは、オスのマウスを用いて射精時に収縮して精子を押し出すポンプのような筋肉「球海綿体筋(BSM)」を支配している脊髄の神経回路のニューロン集団を調査しました。

この研究では、オスのマウスを使い、BSMを支配する脊髄のガラニン陽性ニューロンを特定し、遺伝子操作でこの細胞に「光に反応するスイッチ」を導入しました。

これにより研究者は、光を当てるだけで狙った神経を人工的にオンにできるようになります。これは「光遺伝学」と呼ばれる技術です。

加えて、ニューロンを破壊したマウスと正常なマウスで性行動を比較し、行動への影響を確認しました。

すると非常に興味深いことがわかってきたのです。なんと脊髄は、マウスの交尾時の腰振りのリズムや、さらには射精後の不応期(いわゆる賢者タイム)を生み出す仕組みにまで関与していたのです。

「腰振りのリズム」から「賢者タイム」まで脊髄の働きだった

研究チームが光を当ててガラニン陽性ニューロンを刺激すると、球海綿体筋(BSM)がリズミカルに収縮し、その活動は交尾中のマウスの腰振り動作と同期していました。

さらに、これらのニューロンを破壊したマウスでは、交尾の腰突きのパターンが乱れたり、射精までにかかる時間が大きく変化しました。

つまり脊髄は『射精スイッチ』ではなく、性行動の“段取り”を形作る重要な調整役でもあったのです。

これは性交時の腰を振る動作が、脳で考えて行っているだけではなく、一種の反射運動が支えている可能性を示します。

そう言われると、初心者は腰の動きがぎこちなかったり、明らかに脳で考えて行っているように見える点が疑問になってきますが、要は呼吸と同じで意識的にも無意識的にも行える動作と考えると理解しやすいでしょう。

緊張すると私たちは呼吸が乱れたり、上手く息ができなくなることがありますが、慣れないうちは性交時に緊張して腰の動きが上手く行かないというのはこれと似たような問題と捉えることができます。

また研究者たちは同じ脊髄ニューロンを繰り返し刺激する実験も行いました。

すると、最初は強い反応を示していたBSMの活動が、刺激を重ねるごとに弱まっていったのです。特に射精後のマウスでは、この反応が著しく小さくなっていました。

これは射精後に性的な刺激に対して体が反応しにくくなる、不応期(いわゆる賢者タイム)に脊髄が関連している可能性を示唆しています。

これは、射精後に性的な刺激に対して体が反応しにくくなる「不応期(いわゆる賢者タイム)」に、脊髄の回路が関わっていることを示しています。

人間の賢者タイムでは、脳内ホルモンの変化によって性的な興味そのものが薄れると考えられています。ただこのとき性的なものに興味が薄れるだけでなく、体も性的な刺激に反応しづらくなります。今回の結果は、この「体が性的な刺激に反応しにくくなる」という現象を、脊髄の仕組みが生み出している可能性を示すものです。

もちろん、性行動は脊髄だけで完結しているわけではありません。

通常は脳からの信号が脊髄の回路を抑え込んでおり、例えば「まだ射精するな」というブレーキを掛けることができます。

これは熱い物に触れたとき思わず手を引っ込める、かゆい場所があったとき無意識にひっかくという脊髄反射による動作を、意志の力で抑え込めるのと同様です。

この結果は、性行動の基本的な動作や反応は脊髄が担っており、呼吸などと同様に脳が意識的に制御することも可能なことで性交が成立している可能性を示しています。

今回の成果は、性行動を理解する新しい視点を提供します。

例えば不応期が短い、俗に言う絶倫のような人がなぜいるのかという疑問も、脊髄の機能から説明できるようになるかもしれません。

また人間にとっても身近な勃起不全(ED)、早漏といった性機能の悩みを理解し、治療するための重要な手がかりになる可能性もあります。

ただし、この研究はまだマウスを対象にした基礎研究の段階であり、現時点では人間に直接あてはめることはできません。

今後は性交中の脊髄ニューロンの活動をリアルタイムで記録する研究や、人間に対応する仕組みを探る研究が求められます。

これまで「脳がすべてを仕切っている」と思われてきた性行動。

しかし実際には、脊髄が腰振りのリズムから射精後の休息にまで関わっていました。

今回の発見は、長年の謎だった「性に関するさまざまな疑問」に光を当てるものです。

性をめぐる科学の探究は、まだまだ奥深い広がりを見せているのです。

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参考文献

More than a reflex: How the spine shapes sex
https://medicalxpress.com/news/2025-09-reflex-spine-sex.html

元論文

A galanin-positive population of lumbar spinal cord neurons modulates sexual arousal and copulatory behavior in male mice
https://doi.org/10.1038/s41467-025-63877-2

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

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