ある日、まだ1歳にも満たない赤ちゃんから、強烈な「腐った魚」のような匂いが漂い始めました。
ポルトガルで実際に報告されたこの奇妙な症例は、家族と医師たちに大きな困惑と戸惑いをもたらしました。
生まれたばかりの赤ちゃんの体から「魚の腐った匂い」がするという、とても想像しにくい現象。
その背後には、普段は意識しない“体の仕組み”と“遺伝のいたずら”が絡み合っていたのです。
研究の詳細は2025年2月の学術誌『Cureus』に掲載されています。
目次
- 突然の異臭、その正体は?
- 原因は遺伝子?
突然の異臭、その正体は?
今回の主人公は、ポルトガルに住むごく普通の赤ちゃん。
生後10か月のある日、初めて「魚のような臭い」が体から発せられました。
そのきっかけは、食事で初めて魚(メカジキなど)を口にしたことでした。
食事のあと、赤ちゃんの頭や手からは家族が思わず顔をしかめるほどの強烈な臭い――それも、まるで腐った魚のような悪臭が漂い始めたのです。
この現象はとても特異でした。
生後7か月で固形食を始めるまでは母乳のみで育ち、これまで健康そのものでした。
母親は驚きと心配から、すぐに魚を除いた食事に切り替えました。すると、臭いは消えました。
しかし数カ月後、再び魚を与えると、あの強烈な匂いがぶり返してきたのです。
いったい、赤ちゃんの体に何が起こっているのでしょうか。
母親は医師に相談しますが、診察のときには魚を食べていなかったため、匂いは確認できません。
成長や発達には全く問題がなく、血液検査でも腎臓や肝臓、甲状腺といった臓器に異常は見つかりませんでした。
手がかりとなったのは、「魚を食べるときだけ発生する匂い」でした。
原因は遺伝子?
この奇妙な症状の正体は「トリメチルアミン尿症」という非常に珍しい体質でした。
これは、ある特定の酵素の働きが弱いことで、食べ物、とくに魚や卵、豆など“窒素を多く含む食品”を食べたときに発生する「トリメチルアミン」という物質を分解できず、体内に溜めてしまうことが原因です。
この「トリメチルアミン」は、まさに腐った魚のような独特の悪臭を持っています。
本来なら体の中で無臭な物質に分解されて尿や汗とともに体外へ排出されるのですが、分解酵素が遺伝的な理由でうまく働かないと、全身の体液や呼気にまで臭いが現れてしまうのです。
今回の赤ちゃんの場合、詳しい遺伝子検査によって「FMO3」という酵素の設計図(遺伝子)に、ごく軽い異常がいくつか見つかりました。
さらに、まだ代謝が未熟な幼児期であったことも影響し、一時的にこの体質が強く現れてしまったと考えられます。
医師は、魚を完全に避けるのではなく、少しずつ量を調整しながら再導入する方法を提案しました。
また、体の臭いを抑えるために「低pH石けん」での洗浄も勧められました。
この取り組みの結果、赤ちゃんは月齢を重ねるごとに魚を食べても匂いがほとんど出なくなり、3歳を迎える頃には週に何度も魚を食べても、もうあの悪臭は戻ってこなくなったとのことです。
参考文献
Diagnostic dilemma: A baby suddenly started to smell of rotting fish
https://www.livescience.com/health/diagnostic-dilemma-a-baby-suddenly-started-to-smell-of-rotting-fish
元論文
Unpleasant Smell: A Case Report of Trimethylaminuria (Fish Odour Syndrome) in a Child
https://doi.org/10.7759/cureus.79318
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

