空を飛ばないと「ウンチできない」海鳥を発見

ウイルス

海鳥たちの糞は、ただの「汚れ」ではありません。

そこには窒素やリンといった栄養塩がたっぷり含まれ、海洋生態系にとっては重要な肥料のような役割を果たしています。

その一方で、鳥インフルエンザなど病原体を運ぶ媒介にもなりうるため、その排泄行動を理解することは、生態学や公衆衛生の両面で欠かせません。

そんな中、東京大学大気海洋研究所は、ユニークな方法で「オオミズナギドリ」という海鳥のトイレ事情を明らかにしました。

腹部に小型ビデオカメラを取り付けて排泄の瞬間を観察したところ、驚くべき事実がわかったのです。

彼らは海に浮かんでいるときには決して排泄をせず、なんと空を飛んでいる最中にだけ「ウンチ」をしていたのです。

研究の詳細は2025年8月18日付で科学雑誌『Current Biology』に掲載されています。

目次

  • ユニークな方法で暴かれた“空中トイレ習慣”
  • なぜ空中で排泄するのか?

ユニークな方法で暴かれた“空中トイレ習慣”

海鳥の糞は、古くから肥料としても使われてきたほど栄養豊富です。

島々では糞の堆積が土壌を変え、植物や他の生物を養うことも知られています。

しかし、広大な海の上を飛び続ける海鳥がどんなタイミングで排泄するのかは、これまでほとんどわかっていませんでした。

研究チームは、この謎を解くためにオオミズナギドリに注目。

オオミズナギドリは日本近海に生息し、個体数が非常に多い海鳥で、海洋生態系に与える影響も大きいと考えられています。

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オオミズナギドリ/ Credit: ja.wikipedia

そこで用いられたのが「腹部カメラ」という大胆なアプローチです。

2021年から2023年にかけて、岩手県の船越大島で繁殖するオオミズナギドリに小型ビデオカメラを取り付け、採餌のための飛行中に排泄腔を映し続けました。

合計で約36時間に及ぶ映像からは、195回の排泄行動が記録されました。

解析の結果、オオミズナギドリは平均して4〜10分ごとに排泄を行い、そのリズムは非常に正確で、ほとんど誤差数分以内に収まっていたのです。

さらに重要なのは、その排泄のタイミングです。

195回のうち、ほぼすべてが飛行中に行われ、海に浮かんでいる間には排泄しませんでした。

例外はわずか1回だけであり、この鳥たちは「浮かんでいるときには絶対にトイレをしない」という強い傾向を示しました。

興味深いのは、離水直後に排泄する行動が頻繁に見られたことです。

記録された最初の排泄のうち36.6%は離陸10秒以内、50%は30秒以内に行われていました。

中には「糞をするために一度だけ飛び立ち、すぐに着水する」という行動も確認されました。

つまり、オオミズナギドリは「飛ばないとウンチができない鳥」だと言えるのです。

なぜ空中で排泄するのか?

では、なぜ彼らはわざわざエネルギーを使って飛びながら排泄するのでしょうか。

チームはその理由をいくつか挙げています。

1つ目は病原体との接触を避けるためです。

鳥の糞にはさまざまな病原菌やウイルスが含まれており、水面で排泄すると自分の身体や排泄腔が汚染されるリスクがあります。

飛行中に排泄すれば、風で拡散され、自身へのリスクを最小化できます。

2つ目は捕食者の存在です。

サメやアザラシなどは糞の匂いや痕跡に反応する可能性があります。

もし海面で排泄すれば、それが捕食者を呼び寄せる危険信号になりかねません。

飛行中であれば、糞はすぐに海に散らばり、痕跡を残さずに済みます。

3つ目は排泄姿勢の問題です。

飛行中は体勢が安定して腹圧をかけやすい一方、海面に浮かんだ姿勢では排泄に不利かもしれません。

実際、地上では座った姿勢で排泄する鳥も多いことから、海面浮遊中は姿勢的に適していない可能性があります。

この排泄行動には、生態系レベルでも大きな意味があります。

研究によれば、オオミズナギドリは1時間に体重の約5%に相当する30gもの糞を排出していると推定されます。

これは陸上で観察されていた数値よりもはるかに多く、飛行中に体重を減らすことで飛行効率を高めている可能性も示唆されます。

また、この大量の糞は海に栄養を供給します。

オオミズナギドリのような海鳥は世界に数億羽存在しており、群れで採餌する場所では糞によって局所的に栄養塩が増えると考えられます。

これはプランクトンや魚類の生産性を支える仕組みの一部になるかもしれません。

さらに、公衆衛生上の観点も重要です。

近年、鳥インフルエンザが海鳥の間で広がっており、糞を介した感染が大きな要因とされています。

異なる繁殖地から集まる海鳥が外洋で同じ餌場を利用する際、飛行中にばらまかれる糞が感染拡大を引き起こす可能性があるのです。

今回の発見は、海洋における病原体伝播の理解にもつながる重要な手がかりといえます。

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参考文献

海鳥のトイレ事情を解明 ―排泄のタイミングを腹部カメラで観察―
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2025/20250819.html

元論文

Periodic excretion patterns of seabirds in flight
https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.06.058

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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