発展途上国で予想外に子どもを持たない人が増加している

「子どもを産まない人が増えている」と聞くと、多くの人は日本やヨーロッパ、アメリカの姿を思い浮かべるかもしれません。

長時間労働、教育費の高騰、将来不安などは、いわゆる先進国の悩みであり、「発展途上国はむしろ子だくさん」というイメージを持っている人も多いはずです。

ところが、世界のデータをじっくりのぞき込んでみると、このイメージはかなり現実とズレてきています。

途上国の中にも、「将来も子どもを持つつもりがない」と答える人たちが、増え始めている傾向があるというのです。

この意外な変化に目をつけたのが、アメリカのミシガン州立大学(Michigan State University)の心理学者ザカリー・P・ニール(Zachary P. Neal)氏とジェニファー・ワトリング・ニール(Jennifer Watling Neal)氏です。

研究チームは、アフリカ、アジア、中南米など51か国で実施された国際的な人口・健康調査のデータを集中的に解析し、「子どもがいない」だけでなく「今後も子どもはいらない」とはっきり答えた人たちに注目しました。

その結果、これまで「大家族の国」とみなされてきた地域の中にも、日本や欧米に匹敵するレベルで「子どもを持たない選択」が広がっている国があることが見えてきました。

しかも、少子化傾向を示す途上国にはある共通点が隠れていたのです。

この研究の詳細は、2025年11月付けで科学雑誌『PLOS ONE』に掲載されています。

目次

  • 発展途上国で広がる“子どもを持たない選択”とは?
  •  子どもを持たない選択は、なぜ途上国でも広がっているのか?

発展途上国で広がる“子どもを持たない選択”とは?

多くの人は、「子どもを持たない人が増えているのは日本や欧米の話だ」と考えています。

けれど、世界のデータを慎重に見ていくと、この前提が今まさに揺らぎ始めています。

研究チームは、アフリカやアジア、中南米を含む51か国で行われた国際調査のデータを使い、「これまで子どもがいない」「今後も子どもは欲しくない」という2つの条件を満たす人たちだけを抽出しました。

この“子どもを持たない選択をした人”のカテゴリは childfree(チャイルドフリー)と呼ばれ、将来も子どもを持たない意志を持つ点で、単に子どもがいない人とは区別されます。

すると、これまで「出生率が高い国」とされてきた地域の中にも、意外なほど childfree の人が多い国が存在することが見えてきました。

例えば、太平洋に位置するパプアニューギニアでは、未婚の15〜29歳女性の約15.6%が「子どもはいらない」と回答しています。

エチオピアでも約9%、フィリピンでは7%を超えており、日本やアメリカと比べても遜色のない割合になっているのです。

※ちなみに日本の内閣府「少子化社会対策に関する世論調査」では、20〜40代で「子どもを希望しない」と回答した人の割合は約7%程度です。なおこれは今回の論文におけるchildfreeの定義と厳密に一致した調査ではない点に注意してください。

研究チームが同じ基準で51か国の15〜29歳の未婚女性のデータを比較したところ、childfree の割合は0.3%から15.6%まで幅広く分布していました。

国によって極端に異なるこの数字には、ある興味深い法則がありました。

それは、人間開発指数(HDI:Human Development Index)と呼ばれる、教育・収入・平均寿命などを総合した指標です。

このHDIが高い国ほど、childfree の人が増えるという明確な傾向が見えてきたのです。

つまり「発展途上国」とひとまとめに表現されがちですが、これまでのイメージとは異なり、実際は途上国ごとに異なる価値観の変化がすでに進んでいるのです。

先進国だけの現象と思われてきた“子どもを持たない選択”が、実はより広い地域で静かに広がっているようです。

では、なぜ発展途上国でこのような変化が起きているのでしょうか。

また、国ごとにこれほど大きな差が生まれる理由は何なのでしょうか。今回の研究はどのような根拠から述べられているのでしょうか。これらについて次項で詳しく解説します。

 子どもを持たない選択は、なぜ途上国でも広がっているのか?

今回の研究が「発展途上国にも childfree の人が多い国がある」と断言できる理由は、51か国のデータを同じ基準で整理し、比較できる形にそろえて分析した点にあります。

この研究で用いられたのは、各国で統一された方式で実施される「人口・健康調査」である DHS(Demographic and Health Surveys)です。

DHS は、発展途上国の出生・健康・生活環境を調べる国際標準の調査で、教育、家族構成、理想の子ども数など細かい質問項目が揃っています。

研究チームは、国によって調査対象や質問がわずかに異なる点に着目し、まずはその差を埋めるためにデータを自動で統合し直す専用ソフトウェアを開発しました。

そのうえで、「これまで子どもがいない」「理想の子ども数(ideal number of children)が0である」という2つの条件を満たす人だけを機械的に抽出し、データのばらつきを抑えながら各国の childfree を統一基準で可視化しました。

さらに重要なのは、国によって回答者の範囲が違う問題をどう解決したかという点です。

ある国では既婚女性だけが調査対象で、別の国では未婚男女も含まれます。

このまま比較すると正確な国際比較はできません。

そこで研究チームは、ほぼすべての国で共通して調査されている「15〜29歳の未婚女性」という層だけに絞って分析しました。

すると、国ごとの文化や家族観の違いが残るにもかかわらず、childfree の割合を公平に比べられるようになりました。

その結果として見えてきたのが、途上国にもchildfree の人が多い傾向の国があるという事実だったのです。さらに研究チームは childfree が多い国は 「人間開発指数(HDI:Human Development Index)」が高いという共通点を発見したのです。

ではこのHDIとはなんなのでしょうか?

まず前提として、「発展途上国(developing countries)」という呼び方には国際的に統一された定義がありません。

世界銀行やIMFなどが、経済規模や産業構造に基づいて便宜的に用いてきた分類にすぎず、医療や教育、寿命といった生活の安定度までは十分に反映されていません。このため、同じ“途上国”に分類される国であっても、生活環境には大きな差があるのが実情です。

そこで学術分野で広く使われる指標が「人間開発指数(HDI:Human Development Index)」です。HDI は「健康に長く生きられるか」「教育をどれだけ受けられるか」「生活を支えられる所得があるか」という3つを数値化したもので、その国の生活の安定度や将来の見通しの立てやすさを示しています。

今回の分析では、この HDI を使って各国の発展状況を測り直したところ、HDI が高い国ほど『最初から子どもを持たない』人が多いという明確な傾向が現れたのです。つまり、途上国という大きなくくりでは見えなかった価値観の違いが、生活の安定度を示す HDI という視点からはっきりと浮かび上がったのです。

では、なぜ HDI が高くなると childfree が増えるのでしょうか。

HDIが高くなるということは、教育を受けられる機会が増え、就職先の選択肢が広がり、都市部では生活費も上昇することを意味します。

すると教育年数が長くなり、20〜30代は学びやキャリアの基礎を固める時期になりがちです。その結果、「大人になれば結婚して子どもを持つ」という従来のパターンが“必ずしも当たり前ではない”状況が生まれます。

また社会保障が整うことで、「子どもが生活の支えになる」という構造的な役割が弱まります。HDI が低い地域では、子どもが老後の支えや労働力として必要とされることも少なくありません。しかし HDI が高い国では、多くの場合、公的年金や医療制度、女性の安定した雇用などが広がり、家族が生活基盤として担う負担が軽くなります。

その結果、家族を持たないことが生活上の大きなリスクになりにくくなります

そして、教育や情報へのアクセスが広がることで、子育てにかかるコストが具体的に見えやすくなります。住居費、教育費、家事や育児に必要な時間の大きさは、HDI が高い社会ほどはっきり意識されます。同時に、趣味や学び、旅行など「自分の時間」を使える機会も増えるため、子どもを持たない選択が相対的に合理的に感じられる場面も増えていきます

これは先進国で既に観察されている現象と一致し、価値観の多様化が徐々に発展途上国へ広がっていることを示しています。

しかし、この分析には注意点もあります。

DHS のデータは横断調査(cross-sectional)のため、「今は子どもを欲しくないが、将来は欲しくなる」あるいは「今は childfree だが、数年後に家族を持つことを選ぶ」といった変化を追跡することはできません。

また、宗教、家族制度、経済状況、男女の役割観など、childfree の背景にあり得る文化的要因は国によって大きく異なります。

今回の研究だけでは、それら複雑な要因まですべて説明できるわけではありません。

それでも、51か国・200万人以上のデータを統一的に扱った今回の分析が示した、「途上国の内部でも価値観の転換が起きている」という可能性には大きな意味があります。

これまで先進国だけの問題として語られてきた出生率の低下や家族観の変化が、実は世界全体で同時進行している可能性があるからです。

今後の議論では、少子化を“先進国の特殊な事情”として扱うのではなく、より広い視野で「世界的な価値観の再編」として捉え直す必要があるのかもしれません。

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元論文

Prevalence and predictors of childfree people in developing countries
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0333906

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

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