人間がギャンブルやオンラインゲームにのめり込み、やめたくてもやめられない状態になることがあります。
では、こうした依存症のような現象は人間だけのものなのでしょうか。
例えば、私たちの身近な動物である犬も、おもちゃへの執着が強すぎて中毒のような行動を見せることがあるのでしょうか。
この疑問に本格的に挑んだのが、スイスのベルン大学(University of Bern)の研究チームです。
彼らは、犬のおもちゃ中毒、特にボールなどへの異常な執着が本当に依存症と呼べるレベルなのかを、科学的な実験と観察によって明らかにしました。
この研究成果は、2025年10月9日付の『Scientific Reports』誌に掲載されました。
目次
- 犬における「おもちゃ中毒」を調べた研究
- イヌにも「依存症のような傾向」が見られる
犬における「おもちゃ中毒」を調べた研究
私たちがイヌと遊ぶ時、ボールやロープ、ぬいぐるみなどを使うことはごく普通のことです。
しかし、時にイヌがこれらのおもちゃに対して異常なまでに執着する様子を目にすることがあります。
飼い主の呼びかけよりもおもちゃへの関心が強くなったり、食べ物よりおもちゃを優先したりするイヌもいます。
また、おもちゃを取り上げようとすると強く興奮する場合もあります。
一部のイヌに見られるこうしたおもちゃへの強い執着が、「人間のギャンブルやゲーム依存といくつかの共通点を持つのではないか」と考えたのが、今回の研究の出発点でした。
イヌは本来、遊びが大好きな動物ですが、その「楽しい遊び」がやめられない、コントロールできない状態にまで進むと、日常生活や健康に悪影響を及ぼす可能性が出てきます。
また、作業犬やトレーニング用のイヌでは、意図的に遊び好き(狩猟)の傾向が強化されていることも多く、こうした傾向が強まる可能性があります。
このため研究チームは、さまざまな犬種や年齢のイヌ105頭を対象に、おもちゃ中毒の科学的な評価を行いました。
まず、イヌと飼い主を実験室に招き入れ、3種類のおもちゃ(ボール、ぬいぐるみ、引っ張りロープなど)からイヌ自身がもっとも興味を示すものを選ばせます。
選ばれたお気に入りのおもちゃを使い、飼い主と一緒に遊ばせたり、イヌだけでおもちゃと過ごさせたりしました。
またおもちゃとご褒美入りのパズルを同時に出して、どちらに関心を向けるかを観察しました。
さらに、おもちゃを棚の上や箱に隠し、イヌがどのように反応するかを調べたり、すべての遊び道具を片付けたあとの様子も観察しました。
行動の評価では、人間の依存症で使われる基準を参考に、渇望(強い欲求が抑えられない状態)、自己コントロールの欠如、顕著性(他の刺激よりおもちゃを優先する)などの観点から分析しました。
加えて、飼い主に日常生活でのイヌのおもちゃへの執着や、遊びをやめさせることの難しさについてアンケート調査も行っています。
イヌにも「依存症のような傾向」が見られる
実験の結果、105頭のうち33頭のイヌが複数の依存傾向を示しました。
たとえば、おもちゃが棚や箱に隠されても、その場所をじっと見つめ続けたり、取り戻そうとジャンプしたり吠えたりする行動が見られました。
一部のイヌでは、おもちゃを取り出そうとして箱を壊すほど強い執着が観察されました。
また、食べ物や飼い主の呼びかけよりも、おもちゃへの関心が圧倒的に強いイヌも存在しました。
飼い主が止めようとしても制御が効かず、興奮がなかなか収まらないケースもありました。
おもちゃが手に入らないと、部屋を落ち着きなく歩き回り、イライラや不満のサインを出していたのです。
これらの行動は、ただ遊び好きなだけのイヌとは異なり、「人間の依存症と多くの共通点が見られる」と評価されました。
研究チームは、こうした中毒的な遊びが現れる背景には、犬種ごとの遺伝的な傾向や、飼い主がボール投げや引っ張り遊びを繰り返し与える環境要因が関係している可能性も指摘しています。
さらに、強いおもちゃ中毒を持つイヌでは、他の刺激や社会的なやり取りに対する関心が薄れ、生活や健康、社会性に支障をきたすリスクがあることも明らかになりました。
たとえば、激しい遊びを繰り返すことで関節や筋肉に負担がかかり、ケガや慢性的な痛みにつながる恐れも指摘されています。
この研究の意義は、人間以外で自発的な行動中毒を示すことが科学的に検証された点にあります。
これまで動物の依存的行動は、主に強制的な訓練や特殊な環境下で見られてきましたが、イヌの場合は自発的にもやめられない遊びの状態に陥ることが分かったのです。
一方で、なぜ一部のイヌだけが中毒的になりやすいのか、また健康や生活への悪影響を避けつつ楽しい遊びを続けるにはどうすればよいのかといった疑問に関して、今後のさらなる研究が必要とされています。
飼い主やトレーナーがイヌの遊び方を工夫し、イヌの様子に常に注意を払うことも大切です。
イヌのおもちゃ中毒は、単なる面白い現象ではなく、現代社会でイヌと暮らす上で考えるべき新たな課題かもしれません。
愛犬の健康と幸せを守るためにも、日々の遊び方を見直すことが大切です。
あなたの愛犬は”おもちゃ中毒”ですか?
参考文献
Is your dog a “ball junkie?” New research sheds light on dog addiction
https://newatlas.com/pets/dog-toy-addiction/
Does your dog have a toy addiction?
https://www.scimex.org/newsfeed/does-your-dog-have-a-toy-addiction
元論文
Addictive-like behavioural traits in pet dogs with extreme motivation for toy play
https://doi.org/10.1038/s41598-025-18636-0
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部