数千匹の希少ナマズが「壁を登る」様子を目撃

鯉の滝登りという言葉がありますが、実際にコイが滝を駆け上がることはありません。

けれども、ナマズは滝どころか、まるで“壁”を登ってしまうようです。

2024年11月、ブラジルのパラグアイ川流域にて、南米の珍しいナマズが垂直の岩をよじ登るという驚きの行動が初めて観察されました。

この現象を記録・報告したのは、マトグロッソドスル連邦大学(UFMS)研究チームです。

観察対象となったのは、Rhyacoglanis paranensisという体長9cm前後の小型ナマズでした。

この研究は、2025年8月8日付の『Journal of Fish Biology』誌に掲載され、世界中の魚類学者の注目を集めています。

目次

  • 数千匹のナマズが「壁を登る」
  • 壁を登るナマズが教えてくれること

数千匹のナマズが「壁を登る」

研究チームがこの発見を記録したのは、ブラジル西部に位置するマットグロッソ・ド・スル州のアキダウアナ川(Aquidauana River)

雨季の始まりである11月、夕暮れ時の岩場にて、数千匹におよぶナマズの群れが一斉に岩壁を登るという驚くべき光景が展開されていました。

観察されたナマズは、Rhyacoglanis属に分類される非常に小さな種で、黒と黄色の縞模様を持ちます。

学名は「Rhyacoglanis paranensis」です。

体長は最大でも9cm程度。

普段は川底に生息しており、人の目に触れる機会が非常に少ない、希少な種です。

このナマズが垂直に近い岩壁を登っていく様子は、まさに異様ともいえる光景でした。

魚たちは、水の流れがある壁面に体を押し当て、ひれを巧みに使いながら、重力に逆らって上へ上へと進んでいったのです。

研究者によると、この行動はナマズが胸びれや腹びれを広げて岩との密着性を高め、体と岩の間に生じる吸着力によって壁面に張りつくことで可能になっていると考えられています。

では、なぜこのような奇妙な行動がこれまで知られていなかったのでしょうか?

理由の一つは、このナマズの観察が非常に難しいことにあります。

Rhyacoglanis属の魚は元来、個体数が少ない上に生息域が遠隔地に限られており、研究対象とされる機会が少なかったのです。

また、この登攀行動が発生するのは、雨季初期のごく限られた時期、かつ夕方から夜にかけての短時間に集中しているため、偶然の条件が重ならなければ目撃することすら困難です。

実際、今回の発見も環境保護に従事する現地警察が偶然目撃したことが契機となっており、その通報を受けた研究者たちが現地での調査を開始したという経緯があります。

つまりこの発見は、フィールド観察の偶然性と重要性を改めて浮き彫りにしたものでもあるのです。

では、今回の「壁を登るナマズ」の発見はどんな点で重要なのでしょうか。

壁を登るナマズが教えてくれること

この発見が持つ意義は、「珍しい行動が見つかった」という単純な話にとどまりません。

まず、これは世界で初めて、小型ナマズによる集団的かつ機能的な岩壁登攀行動が正式に記録された事例です。

魚類の中には、遡上能力のある種も存在しますが、それらの多くは水流を利用して滝を遡るため、垂直に近い壁を登るという行動はまったく別物です。

このナマズの登攀は、彼らが生息域の上流へと移動するための「生存に不可欠な行動」かもしれません。

小さな体で壁を登り、上流を目指す姿は、過酷な環境下でも適応しようとする生命のたくましさを感じさせます。

しかし同時に、この行動は生態系の脆弱さと、人為的影響への懸念も浮かび上がらせます。

今回ナマズたちが登っていたのは自然の岩壁でしたが、もしその場所にコンクリート製のダムや人工堤防が建設されていたら、彼らは上流にたどり着けなかった可能性が高いのです。

Rhyacoglanis paranensisのような小型魚類は、大型魚用に設計された魚道では対応が難しく、結果として生息域の分断や繁殖機会の喪失につながるおそれがあります。

こうした行動が自然下で観察されたことは、将来的な河川管理や保全政策を見直すうえで貴重な知見となるでしょう。

特に南米の熱帯域では、流域開発やダム建設が急速に進んでおり、それに伴う生物多様性の損失が懸念されています。

また、ナマズが登攀を行う詳細な動機・条件や、登る際に作用する筋肉の動きやエネルギー代謝、またこの行動が繁殖行動とどう関係しているのか、といった詳細はまだ明らかになっていません。

今後は、追跡用タグ技術や定点観察の強化を通じて、このナマズの生態をさらに深く掘り下げることが求められます。

小さなナマズが壁を登る姿は、私たちに「まだ知られていない自然のドラマ」が水の中にあること教えてくれるはずです。

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参考文献

Thousands Of Bumblebee Catfish Seen Literally Climbing The Walls For The First Time Ever
https://www.iflscience.com/thousands-of-bumblebee-catfish-seen-literally-climbing-the-walls-for-the-first-time-ever-80468

Moving up in the world: Rare catfish species filmed climbing waterfalls
https://phys.org/news/2025-08-world-rare-catfish-species-climbing.html

元論文

Bumblebee on the rocks: Massive aggregation, migratory and climbing behaviour of a small Neotropical catfish
https://doi.org/10.1111/jfb.70158

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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