慢性的な不眠症は「脳の老化」を加速させていた

「眠れない夜」が続くと、日中のパフォーマンスが落ちるだけでなく、脳そのものが年を取るスピードまで速まってしまう。

そんな驚きの研究結果が報告されました。

米メイヨー・クリニック(Mayo Clinic)の最新研究により、慢性的な不眠症を抱える中高年は、年齢を重ねるにつれて記憶力や思考力がより速く低下しやすく、しかも脳内部の物理的な変化も進みやすいことが明らかになったのです。

この研究は「不眠が単なる気分の問題ではなく、長期的な脳の健康そのものに直結する可能性がある」ことを示しています。

なぜ慢性的な睡眠不足が脳にとってこれほど重大なリスクとなるのでしょうか?

研究の詳細は2025年9月10日付で科学雑誌『Neurology』に掲載されています。

目次

  • 「眠れない夜」は脳をどう変える?認知機能の低下リスク
  • 脳の中で何が起きているのか?

「眠れない夜」は脳をどう変える?認知機能の低下リスク

これまで「睡眠の質」と「脳の健康」との関係は長く疑われてきましたが、具体的にどれほどの影響があるのか、明確なデータは限られていました。

今回の研究は、米ミネソタ州の高齢者2750人(50歳以上、開始時点で重度の神経・精神疾患なし)を長期間にわたり追跡調査したものです。

慢性的な不眠症があるかどうかは、医療記録を用いて少なくとも30日以上の間隔を空けて診断が記録されているかで判定されました。

結果として、443人が「慢性不眠症」グループに、2307人が「非不眠」グループに分類されました。

すべての参加者は、記憶力・言語力・実行機能・空間認識など複数の認知機能を定期的にチェックされました。

このデータをもとに「認知健康スコア」が算出され、時間の経過による変化が追跡されたのです。

その結果、慢性不眠症の人は、そうでない人に比べて「全体的な認知機能スコア」の低下が明らかに速く進んでいました。

さらに、研究期間中に「軽度認知障害」や「認知症」を新たに発症するリスクは、慢性不眠症の人で40%も高いことが判明しました。

このリスク上昇は「実年齢より3.5歳も老化が進む」ことに相当するという試算も報告されています。

とくに影響が大きかったのは「慢性的な不眠」と「自己申告で睡眠時間も減っている」人たちでした。

これらの人は、調査開始時点ですでに他の参加者よりも認知機能スコアが低い傾向があり、すでに脳のダメージが始まっている可能性が示唆されます。

つまり、「単に眠れない」という状態が長期間続くことで、脳の老化スピードが加速し、将来的な認知症リスクも高まってしまうのです。

脳の中で何が起きているのか?

さらに興味深いのは、脳画像検査で明らかになった「脳の変化」です。

研究では、一部の参加者を対象にMRI(磁気共鳴画像)とPET(陽電子放射断層撮影)による脳スキャンを実施。

まずMRI画像では、小さな脳損傷(しばしば脳血流障害や小さな血管の障害と関連)が、不眠かつ睡眠時間が短いグループで多く見られました。

こうした微細な損傷は、脳の老化や将来の認知症発症リスクの高さを示す“サイン”ともいえます。

一方で、「不眠だが睡眠時間は長い」人たちでは、こうした変化は少なく、睡眠の質や量の違いが脳のダメージパターンにも影響することがうかがえました。

また、PET検査ではアルツハイマー型認知症の特徴である「アミロイド斑」の蓄積量も測定されました。

不眠かつ睡眠時間が短い人は、調査開始時点ですでにアミロイド斑が多く見られ、その影響の大きさはアルツハイマー病の有名なリスク遺伝子「APOE e4」を持つことに匹敵するレベルでした。

この結果は「睡眠障害が脳の血管だけでなく、神経変性疾患の引き金となるタンパク質の蓄積にも関係している」ことを裏付けています。

なお、睡眠薬(催眠薬)の使用についても検証が行われましたが、本研究では「睡眠薬の使用自体が認知機能低下や脳の変化を加速させる」傾向は見られませんでした。

ただし、薬の用量や使用頻度・期間までは詳細に評価されておらず、今後のより精緻な研究が待たれます。

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参考文献

Chronic insomnia linked to faster cognitive decline and brain aging
https://www.psypost.org/chronic-insomnia-linked-to-faster-cognitive-decline-and-brain-aging/

元論文

Associations of Chronic Insomnia, Longitudinal Cognitive Outcomes, Amyloid-PET, and White Matter Changes in Cognitively Normal Older Adults
https://doi.org/10.1212/WNL.0000000000214155

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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