大人になって年齢と経験を重ねるにつれ、ふと「昔ほど音楽を聴かなくなったな」と感じたことはありませんか。
「最新の人気曲を聞いてもピンとこない」「つい昔好きだった曲ばかり再生してしまう」
そんな実感には、データで裏づけられた理由がありました。
スロベニアのプリモルスカ大学(University of Primorska)の研究チームが、音楽配信時代の膨大な再生履歴を解析し、年齢とともに音楽の嗜好がどう移り変わるのかを明らかにしたのです。
研究の詳細は、2025年6月16日から20日に開かれた国際会議『UMAP 2025』で公表されています。
目次
- 「音楽の冒険心」は一生同じではない。5億回以上の再生履歴を解析
- 年齢を重ねると音楽の好みは狭くなっていく。”共有”から”私だけの音楽”へ
「音楽の冒険心」は一生同じではない。5億回以上の再生履歴を解析
音楽の好みは生まれつき固定されたものではなく、生活や感情、記憶と結びつきながら少しずつ形を変えます。
若い頃は友人や同年代とヒット曲を共有し、新しいアーティストに次々と手を伸ばしますが、社会人になり忙しくなると、どうしても「自分に合うとわかっている曲」へと戻りがちです。
研究チームは、こうした直感的に語られてきた変化を、ビッグデータで実証的に捉えようとしました。
調査に使われたのは、音楽サービス「Last.fm」のユーザーデータです。
約4万人の利用者を最長15年追跡し、100万曲超、5億4200万回以上の再生履歴を解析しました。
Last.fmは複数サービスでの再生をひとつのプロフィールに集約し、ユーザーが登録時に自己申告する年齢情報も持っています。
これにより、「同じ人の聴き方」が年齢とともにどう変わるかを縦断的にたどる設計が可能になりました。
研究の焦点はシンプルです。
年齢とともに選曲はどのように変化していくのか、という点を調べています。
また、その傾向はレコメンド(おすすめアルゴリズム)の設計にどんな影響を与えるのかも分析しています。
年齢を重ねると音楽の好みは狭くなっていく。”共有”から”私だけの音楽”へ
研究の結果、まず見えてきたのは、若い世代は現代のポピュラー音楽を広く聴き、思春期から成人期への移行でジャンルやアーティストの幅が最も広がるという傾向です。
流行曲の共有が活発で、プレイリストの重なりも大きくなります。
ところが、年齢を重ねるにつれて、その音楽の裾野は徐々に狭まり、自分の「好き」に合致した範囲を行き来するようになります。
このとき重要になるのがノスタルジー(懐かしさ)です。
中年以降になると、新しい曲をまったく聴かなくなるわけではありませんが、選曲の強い動機として「かつて親しんだスタイル」が効くようになります。
実際、研究チームは、高齢の利用者ほど再生の幅は狭いが、そのぶん好みがユニークで、同年代と重なりにくいという特徴も報告しています。
若者は「みんなが知っている曲」でつながりやすく、高齢者は「私だけの曲」に回帰していく構図です。
この変化は、人の心理と経験の積み重ねで説明できます。
音楽は記憶や自分史と結びつきやすく、人生の節目や日々の感情をまといながら「自分だけの意味」を帯びていきます。
新しい音楽を探索する冒険心は若いときに強く、年齢とともに安心感や自己同一性を満たす選曲が増えるのは自然なことです。
研究チームも「65歳で音楽の大冒険に乗り出す人は多くありません」と述べています。
さらに、この知見はレコメンデーション設計にも直結します。
すべてのユーザーに同じ基準でおすすめすると、世代ごとのニーズを取りこぼします。
たとえば若者には最新ヒットと未知の名曲を混ぜた提案が適しています。
しかし、中年層には新しさと馴染みのバランス、高齢層には個人の音楽史や思い出に寄り添ったきめ細かな推薦が好まれることでしょう。
音楽サービスが「いま目の前の履歴」だけでなく、人生スパンの嗜好変化を見据えることの重要性が強調されたのです。
年齢とともに音楽の好みが「狭くなる」と聞くと、少し寂しく感じるかもしれません。
でもそれは、あなたの中で音楽がより深く個人的な物語になってきたということでもあります。
ときには新しい音にも手を伸ばしながら、懐かしい一曲が運んでくる記憶や気持ちを、これからも丁寧に味わっていきたいですね。
参考文献
As We Grow Older, Our Music Taste Appears To Narrow To Fewer Songs
https://www.iflscience.com/as-we-grow-older-our-music-taste-appears-to-narrow-to-fewer-songs-80750
The older we get, the fewer favorite songs we have
https://www.eurekalert.org/news-releases/1097032
元論文
Soundtracks of Our Lives: How Age Influences Musical Preferences
https://doi.org/10.1145/3708319.3733673
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部