ニュージーランドのオタゴ大学(UoO)で行われた研究が、「サイコパス=危険人物」という定説に揺さぶりをかけました。
生まれつき“冷酷で自己中心的”と見なされる人でも、十分な経済的余裕と親からの継続的な見守りがあれば“犯罪スイッチ”は下がることがわかりました。
この結論は、18〜21歳の若者1,200人を対象にオランダで7年間追跡した大規模調査に基づいています。
私たちは今後、“平和なサイコパス”とどう共存していくべきなのでしょうか?
研究内容の詳細は『Journal of Criminal Justice』にて発表されました。
目次
- サイコパス=犯罪者? そこに穴が開いた
- サイコパスの中には平和に生きている人たちもいる
- サイコパスを生かせる職業とは?
サイコパス=犯罪者? そこに穴が開いた

私たちのパーソナリティは、車でいえばアクセルとブレーキが共存する複雑なマシンです。
サイコパス特性はその中でも、とびきり強いアクセル――「他人の痛みを感じにくい冷酷さ」や「自分の欲を最優先する自己中心性」――を指す言葉です。
一度アクセルがベタ踏みになれば、赤信号を突き破ってでも目標へ突進してしまう危うさがあります。
ところが実社会を見渡すと、同じような“高出力エンジン”を積みながら、法を破らず静かにキャリアを築く人もいれば、違法行為に手を染める人もいます。
この落差はどこから生まれるのでしょうか。
近年、心理学者の間で注目を集めているのが「モデレーテッド・エクスプレッション・モデル」です。
イメージとしては、車体のサスペンションや道路状況が走りやすさを左右するように、経済力・親の関わり・幼少期のトラウマなど“環境のばね”がサイコパス特性の暴れ方を調整するという考え方です。
たとえば裕福な家庭で育てば、アクセルを踏んでも周囲に合法的な近道(一流大学や起業支援)が用意されているので危険運転をしなくて済むかもしれません。
逆に貧困や家庭内暴力といった“荒れた路面”では、ハンドル操作を誤ればたちまちスリップして犯罪に突っ込む恐れがあります。
これまでの研究でも、一部の報告では企業経営者や外科医にサイコパス的傾向が高い「成功型サイコパス」が目立つとの指摘がある一方、刑務所内ではサイコパス特性スコアが一般の数倍に達するというデータも多く蓄積されています。
ただし、こうした先行研究はサンプルの取り方や評価法が異なるため、必ずしもすべての経営者や外科医が高いサイコパス傾向を持つわけではありません。
また、その間を分ける“環境のスイートスポット”を長期的に追いかけた調査は意外と少なく、特に若者が大人になる過程で何が鍵になるのかは手探り状態でした。
そこで今回研究者たちは、同じサイコパス特性を持つ若者でも「犯罪へハンドルを切る人」と「平和に走り抜ける人」を分ける環境要因を、大人数を長期間追跡して具体的に特定することにしました。
サイコパスの中には平和に生きている人たちもいる

研究チームは、アムステルダムに住む18〜21歳の若者1,200人を2010年から最大2017年まで追跡し、サイコパス特性と犯罪行動の関係を詳しく調べました。
このサンプルには、過去に警察との接触があった若者が意図的に多めに含まれており、多様な背景の若者を評価できるよう工夫されています。
参加者は毎年アンケートに回答し、〈エゴ中心性・冷酷さ・反社会性〉の三つの因子から成るレーベンソン自己報告サイコパス尺度で性格特性を測定しました。
同時に、親の学歴と職業から推定した世帯の社会経済的地位、親が子どもの居場所や交友関係をどれだけ把握しているかを示す「親のモニタリング」、片親世帯かどうか、虐待や家庭内暴力など逆境的幼少期体験の有無、親子関係の質、近隣の治安や貧困度という六つの環境要因を記録しました。
さらにオランダ司法当局のデータベースと照合し、期間内に公式な犯罪歴が付いたかどうかを確認しました。
解析の結果、最も大きな保護効果を示したのは親の社会経済的地位で、高い社会経済的地位に属する若者は低い社会経済的地位に比べ、将来公的な犯罪記録が残る割合がおよそ半分以下でした。
この抑制効果は、エゴ中心性・冷酷さ・反社会性のどの因子が高くても一貫して確認されました。
次に強かったのが親のモニタリングで、親が日常的に「どこにいるの」「いつ帰るの」と気に掛ける家庭の子どもは、サイコパス得点が高くても犯罪歴が付く確率が約30〜40%低下しました。
反対に、片親世帯や虐待・家庭内暴力など逆境的幼少期体験を抱える若者では、特にエゴ中心性や冷酷さが高い場合に犯罪へ至る危険が約2倍に跳ね上がりました。
興味深いことに、衝動や短気を反映する反社会性の因子は、過去の自己申告による非行を統計的に差し引くと、将来の犯罪をほとんど追加的に説明しませんでした。
また、親子関係の温かさや近隣の治安といった指標は、サイコパス特性と犯罪を結び付ける強さを有意には変化させませんでした。
要するに、同じ程度のサイコパス傾向をもつ若者でも、世帯の経済力と親の日常的な見守りが十分にあると犯罪に関わるリスクは大きく下がり、逆に親の不在や幼少期の逆境が重なるとリスクは大きく跳ね上がることが、7年にわたる追跡で明確になりました。
サイコパスを生かせる職業とは?

今回の追跡調査は、「サイコパス=生まれつきの犯罪者」という思い込みに強いブレーキをかけました。
冷酷さや自己中心性が高くても、家庭に十分な経済的余裕があり、親が日常的に子どもの行動を把握していれば、将来犯罪に手を染める確率はぐっと下がることが数字ではっきり示されたからです。
裕福さは学費や習い事の機会を提供し、目先の違法行為に頼らなくても達成感や報酬を得られる進路を開きます。
親のモニタリングは、危うい行動を早い段階で軌道修正できる小さな介入の連続であり、本人が自覚しないうちに衝動を弱める働きをするのでしょう。
逆に、片親世帯や幼少期の虐待といった逆境が重なると、「他人より自分を優先したい」という傾向が社会に害をもたらす形で噴き出すリスクが跳ね上がりました。
衝動性そのものより、冷酷さと自己中心性が環境にどう“翻訳”されるかが分かれ道だった点は、従来の焦点が当たりがちだった「短気さの制御」だけでは不十分だと示唆しています。
この知見は、サイコパス特性をもつ人へのアプローチを「罰」から「環境整備」へ大きく方向転換させる根拠になります。
学習機会や経済的支援を確保し、思春期の見守りを絶やさない社会システムが整えば、高リスクの若者でも“平和路線”を選びやすくなるということです。
では調整が上手くいった場合、サイコパスの人々はどのような点で有利になるのでしょうか?
サイコパス特性は一般人口ではおよそ4〜5 %前後と推計されていますが、特定の高ストレス職やリーダー職ではその割合が大きく跳ね上がることが明らかになっています。
たとえば企業トップ層を対象にした調査では、最高経営責任者の約20 %が臨床的サイコパス範囲に入り、管理職全体でも3.5 %が該当しました 。
外科医志望の医学生を追った研究では、外科専攻を選んだ学生の23.6 %が平均より高い自己中心衝動性スコアを示し、これは他専攻の学生よりおよそ0.5標準偏差高かったと報告されています 。
消防や警察など初動対応者の集団でも、恐怖心の低さや大胆さといった指標が一般サンプルより平均0.45標準偏差高く、実際に危険な現場での活動頻度が高いことが確認されました 。
歴代米国大統領を対象にした心理歴史学的分析でも、恐れ知らずの支配性という尺度が一般人口より0.4標準偏差高く、その値は歴史家によるリーダーシップ評価と中程度(相関係数0.30)で結び付いていました 。
フィンランドの徴兵検査データでは、特殊部隊候補を含む若年男性の4.8 %が極端なサイコパス得点域(上位5 %相当)に入っており、これは基準値のおよそ1.1倍に当たります 。
もっとも金融分野のデータは一筋縄ではなく、ヘッジファンド運用者の研究ではサイコパス特性が高い群の年間リターンが平均で約1 %低下するという負の効果も報告されています 。
総じて、恐怖心の低さや冷静な判断力といった要素は手術室、災害現場、戦場、そして取締役会議室のような極限状況でパフォーマンスを押し上げる一方、規範や監視が甘い環境ではモラルハザードや搾取行動の温床になり得るといえます。
このような研究結果が示すように、サイコパスという性質を危険要因とするのではなく、その才能を有効活用できるならば、社会全体にとって大きな利益になるでしょう。
元論文
Do early environmental factors influence the relationship between psychopathy and crime: Longitudinal findings from the transitions in Amsterdam study
https://doi.org/10.1016/j.jcrimjus.2025.102399
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部