尿管結石を包んでまとめて除去してくれる「逆服薬ゼリー的手法」が誕生

医療

アメリカのスタンフォード大学で行われた最新の研究により、尿管結石を細かく砕いた後にどうしても残ってしまう小さな破片を、磁気を帯びたゼリーを利用して一気にまとめて回収できる新しい方法が開発されました。

これまで手術を行っても結石の約40%が取り残されていましたが、実験では人工腎臓内にある全ての結石を除去することに成功しています。

またブタを使った試験では、腎臓内の結石破片の広範囲が視認下で回収され、安全性も確認されました。

この新しい磁気技術が、本当に人間の腎臓結石治療を変える画期的な方法となるのでしょうか。

研究内容の詳細は、2025年10月29日に『Device』で発表されました。

目次

  • 尿管結石の40%は手術しても取り残されている
  • 磁気を帯びた服薬ゼリーが尿管結石をまとめて除去する
  • 結石治療が変わる日

尿管結石の40%は手術しても取り残されている

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Credit:Magnetic retrieval of kidney stones via ureteroscopy in a porcine model

「腎臓の結石が磁石で取れたら…」そんな冗談みたいなことを考えた人は案外多いかもしれません。

特に腎臓結石の激しい痛みに一度でも苦しんだ経験のある人ならなおさらでしょう。

実は、最新の研究によってそれが冗談では済まなくなるかもしれないのです。

そもそも腎臓にできる結石とは、体のなかで結晶化した小さなミネラル(鉱物)が、腎臓や尿管などをふさいでしまう病気です。

小さな石でも尿の通り道が詰まると、非常に激しい痛みを伴います。

そこで現在、一般的に行われている治療が「レーザー砕石術(さいせきじゅつ)」という手術です。

これは、細く柔らかな管状のカメラ(内視鏡)を尿道から入れ、腎臓まで進めて、結石をレーザーで細かく砕く方法です。

しかし、砕いた結石をどうやって回収するかが問題でした。

従来の方法では、レーザーで細かく砕いたあとに、バスケットカテーテル(小さなかごのついた細い器具)で、破片を一つひとつ地道に拾い上げる必要があります。

この作業は想像するだけでも気が遠くなるほど手間がかかり、術者はもちろん、患者さんにとっても負担が大きいのです。

しかも、この「かご」では小さすぎる破片をすべて拾いきれません。

実際、手術後の患者さんのうち約40%で、破片が腎臓や尿路に残ってしまうことが報告されています。

残された破片は、尿路を再びふさいだり、細菌感染を引き起こしたり、さらには再び結石の芯になって再発の原因となることがあります。

では、徹底的に細かく砕いて「砂」のようにサラサラにすれば、破片が勝手に尿と一緒に流れ出るのではないか?

最近では、そうした考えで「粉砕モード」と呼ばれる処置を行うこともあります。

ところが実際には、その粉末状の破片の多く(約75%)が尿と一緒に流れ出ず、腎臓に残ってしまうことが知られています。

結局のところ、粉にしても安全という保証はありません。

微細な破片から再び結石が大きく育ってしまい、再発するケースも少なくないのです。

さらに最近では、こうした微細な破片を吸引する「吸引デバイス」も登場しています。

しかしこれも完全な解決とはいきません。

石をきれいに粉砕しないと吸引できないうえ、破片が詰まってしまうと尿路内の圧力が急上昇し、腎臓に負担がかかるリスクがあると報告されています。

つまり、どの方法をとっても「結石破片をすべて安全に除去する」という課題は、泌尿器科の分野で長らく未解決のままでした。

この難問に、今回スタンフォード大学の研究チームが立ち上がりました。

彼らが提案したのは、「砕けた結石に磁石でくっつく性質を与え、一気にまとめて回収する」という新しい発想です。

「磁石で一網打尽」というのは、かなり大胆に聞こえますが、科学的な仕組みは意外なほどシンプルで理にかなっています。

もし本当に砕けた結石を砂鉄のように磁石でまとめて回収できるなら、手術の常識が根本から変わるかもしれません。

それにしても、本当にそんなことが可能なのでしょうか。

磁気を帯びた服薬ゼリーが尿管結石をまとめて除去する

実験で使用された人工の腎臓モデル
実験で使用された人工の腎臓モデル / Credit:Magnetic retrieval of kidney stones via ureteroscopy in a porcine model

今回の研究チームが開発した磁気デバイス「MagSToNE」は、「磁性ハイドロゲル」と「磁性ワイヤ」という2つの要素から成り立っています。

まず磁性ハイドロゲルですが、これは簡単に言えば「磁石に引き寄せられる特殊なゼリー」のことです。

このゼリーは、医療用として使われている非常に細かな酸化鉄の粒子(ナノ粒子)と、キトサンという天然由来の素材を混ぜることで作られます。

磁石に引かれる性質を持つ酸化鉄の粒子が、ゼリー状のキトサンによって石の破片の表面に貼り付くように固定され、破片を「磁石に反応する物体」に変えてしまうのです。

薬を楽に飲むための服薬ゼリーを磁気に反応し、かつ結石を取り込めるように調整したバージョンと捉えるとイメージしやすいでしょう。

(※市販の服薬ゼリーは増粘多糖やゼラチンですが今回の研究のゲルは甲殻類由来の多糖(キトサン)とグリセリンなどを体内で混ぜ合わせて患部でゲル化させる方式をとります)

これにより、結石破片は一瞬で「磁石にくっつく性質」を持つようになります。

次に磁性ワイヤですが、これは「とても細い磁石の棒」のようなものです。

直径は約1ミリ(実際は約0.9ミリ)ほどしかありませんが、実はこの細長い棒の全体が強い磁石の力を帯びています。

この細さのおかげで、ワイヤは内視鏡という細い管を通じて腎臓の奥深くまで挿入することが可能です。

そして磁性ワイヤが破片の近くに差し込まれると、破片は磁石の引力によってワイヤに吸い付くように集まります。

従来、バスケットカテーテルという小さなかごで一つひとつ丁寧に拾わなくてはならなかった破片を、「磁石にくっつくゼリーで破片を砂鉄化して、磁力の棒でまとめて吸い上げる」というアイデアです。

この磁気デバイスの効果をまず確認するため、研究チームは人工的に作られた腎臓のモデル内に直径2ミリ以下の小さな結石の破片をモデル内に置き磁性ゲルを一回だけ注入しました。

すると、破片は瞬時にゼリー状のゲルに覆われ、「磁石に引き寄せられる状態」になりました。

その後、磁性ワイヤを近づけてみると、28個の結石の破片がまとめて磁性ワイヤに吸い付いたという結果が得られました。

また、この様子は動画でも確認されており、ゲルは注入してから数秒以内に固まり、磁石への反応が素早く起こることが示されました。

人工モデルで成功を収めた研究チームは、次に生きたブタを使った実験に挑戦しました。

ブタの腎臓内で結石を細かく砕き、その破片に磁性ハイドロゲルを注入したところ、肉眼で確認できる範囲のあらかたの破片が回収されました。

また、磁性ゲルの回収量も測定されました。

摘出した腎臓を用いて、10分間の洗浄と磁気ワイヤによる操作でどれだけゲルが除去されるかを調べた結果、腎臓内の磁性ゲルの約99.8%が取り除かれました。

磁性ワイヤは余分なゲルを優先的に引き寄せ、結石の破片はゲルで磁化された部分が直接磁気ワイヤに吸着するかたちで回収されたわけです。

砂場で磁石を近づけると砂鉄ばかりがくっついてくるように、腎臓内でも磁性ゲルがワイヤに集まり、結果として腎臓内にゲルはほとんど残りませんでした。

結石治療が変わる日

結石治療が変わる日
結石治療が変わる日 / Credit:Canva

今回の研究により、磁性ゲルを使うことで尿管結石を磁石でほぼ一掃できる可能性が見えてきました。

研究チームも述べているように、この磁気デバイスが臨床に応用されれば、尿管鏡手術の「石の取り残し率」を大きく改善でき、大きめの結石でも一度の内視鏡手術で治療に役立つ可能性があります。

そうなれば患者さんにとっては、複数回の手術や開腹手術を避けられる可能性が高まり、術後の痛みや負担、医療費の軽減にもつながるでしょう。

社会的インパクトは計り知れません。

米国では年間約40万件もの尿管鏡手術が行われていますが、そのうちの多くで破片が残り、再手術や救急搬送が必要になる例も報告されています。

もしこの技術が実用化されれば、そうした再発や再手術を防ぐ有効な手段となるでしょう。

バスケットで何十回も出し入れする代わりに、磁石でまとめて回収できれば、手術時間の短縮による麻酔リスクの減少や、繰り返し内視鏡を出し入れする際に起こる尿管の損傷や感染の危険を減らす効果も期待されます。

実際、従来法では小さな破片を無理に取り除こうとして尿管を傷つけてしまうこともありますが、新しいデバイスならそうしたリスクを抑え、安全性を高めることができそうです。

石を砕いたら磁気ゲルで包み、“砂鉄のようにまとめて取る”。

この逆転の発想が、結石治療に新しい時代をもたらすかもしれません。

ただし、この成果はまだ動物実験の段階です。

人の患者で同じ効果と安全性が得られるかは、これからの検証が必要です。

ゲルの改良や注入カテーテルの操作性の向上など、実用化に向けた課題も残されています。

それでも今回示された磁気回収の安全性と実現性は、結石治療の常識を変える大きな一歩であることは間違いありません。

研究チームは現在、実用化に向けた装置設計の最終調整を進めており、今後、臨床試験に進む可能性もあるとしています。

もしかしたら、未来の手術室では、砂鉄のように連なった破片が磁気でまとめて回収される光景が当たり前になっているかもしれません。

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元論文

Magnetic retrieval of kidney stones via ureteroscopy in a porcine model
https://doi.org/10.1016/j.device.2025.100971

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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