拍手をするとき、思ったよりも大きな音が鳴ることに、不思議さを感じたことはないでしょうか。
手を軽く叩いただけなのに、なぜあんなにも響く音が生まれるのか――。
手のひらの衝突音にしては、あまりに鋭く、クリアで、よく通る音です。しかも、叩く力をそれほど強くしなくても、意外なほど大きな音が出ます。
この素朴な疑問について、実はこれまで科学的に完全な説明はされていませんでした。
そんな「当たり前すぎて見過ごされてきた謎」に対して、コーネル大学と埼玉大学を中心とする研究チームが、2025年、ついに本格的な解明に乗り出しました。
最新の実験技術と緻密な理論解析を駆使し、拍手の音の正体を明らかにしたのです。
この拍手の音に関する研究は、2025年3月に科学雑誌「Physical Review Research誌」に掲載されています。
目次
- これまでは「仮説止まり」だった!身近な現象に潜む「未解明」の世界
- 拍手と瓶の音が同じ原理だという意外な事実
これまでは「仮説止まり」だった!身近な現象に潜む「未解明」の世界
拍手で生まれる大きな音は、単なる皮膚と皮膚の衝突音ではありません。
その説明では小さな力で手を叩いも、かなり大きな音を発生させる理由を説明できません。
そこで現在有力視されている物理学の仮説が、拍手で大きな音がなる原理は、ヘルムホルツ共鳴によるものではないかと言うものです。
この現象は聞き慣れないかもしれませんが、じつは皆さんも日常生活の中で体験しているはずです。たとえば空の瓶に息を吹きかけると、「ボーッ」と低く響く音が鳴ることがあります。あの音が、まさにヘルムホルツ共鳴によるものです。
しかしこの二つを聞いて、「これは同じ現象です」と言われたら、多くの人はきっと「え?」と思うかもしれません。
瓶の音は長くて柔らかく、拍手の音は短くて鋭い。どう考えても、同じ仕組みには見えません。
では、ヘルムホルツ共鳴とはどういう現象で、拍手と瓶では何が違い、どこか共通しているのでしょうか? 丁寧に整理していきましょう。
瓶に息を吹きかける音は、笛とはまったく違う現象
空の瓶に息を吹きかけると、「ボーッ」と低く響く音が鳴ります。この音はとても印象的で、多くの人が一度は試したことがあるでしょう。
多くの人はこれが、笛やホイッスルのような“楽器の音”と同じ現象だと思っているかもしれません。
しかし、この「ボーッ」という瓶の音と、笛のような管楽器で起きる音響共鳴は、実はまったく違う仕組みによって生まれています。
笛のような楽器の場合は、吹き込まれた空気の流れによって、管の中に音波が生まれ、その音波が管の端で反射を繰り返します。そして、特定の波長の音波だけがきれいに重なって増幅され、音となって響きます。これは“定常波”と呼ばれるもので、波が何度も行き来しながらエネルギーが積み重なる、いわば「波の共鳴」です。
一方、瓶に息を吹きかけたときには、そのような音波の往復は起きていません。試したことがある人ならわかると思いますが、ここでは息は瓶の中に吹き込んでいません。そのやり方では音は上手く鳴らず、瓶の口の上を水平方向に吹いたときに音が鳴ります。
つまり笛のように息を吹き込んでなっているわけではないのです。では直接息を入れてないのに、なぜ瓶から音がなるのでしょうか?
このとき起きているのは、ベルヌーイの定理という法則で説明される現象です。
空気の流れに速い場所と遅い場所ができると、流れの速い側で圧力が下がります。そのため空気全体は流れの速い方へ引っ張られます。
飛行機の翼にはこの原理が使われていて、飛行機全体が上空へと持ち上がります。コインに息を吹きかけて高く飛ばす遊びも、これと同じ現象です。

このとき、瓶の口の外側と内側で空気の流速に差が生まれると、瓶の中の空気が外に向かって押し出され、次にその反動でまた引き戻されるという往復運動が始まります。すると、瓶の中の空気のかたまりそのものがバネのように震え出すのです。
つまり楽器のように、空気の波が跳ね返って重なるような“音波的”の反射ではなく、空間全体に詰まった空気のかたまりが、重り付きのバネのように一体となって揺れるのです。
このような現象をヘルムホルツ共鳴と呼びます。
共鳴というと、楽器のように音の波が重なり合って増幅されるイメージが湧きますが、ヘルムホルツ共鳴では波が重なるのではなく、空気の塊全体が連動して一気に動くという共鳴現象です。
瓶の中の「空気そのものがまとまってポンと弾む」ような振動をイメージすると分かりやすいでしょう。
そのため、楽器は反復して長く息を吹き続けることで徐々に音が大きく響いていきますが、瓶の口に息を吹く遊びは、実際は長く息を吹き続ける必要はなく、一回だけ強く息を吹くだけでも「ボッ」と勢いの良い音が鳴るのです。
ここに、両者の本質的な違いがあります。
拍手と瓶の音が同じ原理だという意外な事実
そしてこの“空気の塊”がバネのように震えるヘルムホルツ共鳴こそが、拍手の音にも隠れています。
拍手の瞬間、手と手の間には一瞬だけ小さな空間ができます。そこに閉じ込められた空気が、急激に圧縮され、手のひらの狭いすき間から押し出されるとき、その空気のかたまりが瓶の中の空気と同じように一体となって飛び出します。
これが、手のひらで包んだ空気全体が共鳴した状態を生み、非常に大きな音が発生するのです。
つまり、瓶の口に息を吹きかけるときと、拍手をするときとでは、どちらも「空間に閉じ込められた空気」が「狭い出口を通して振動し、特定の周波数で共鳴する」という共通の構造があるのです。

音の質が違って聞こえるのは、空間の大きさや出口の太さ、空気の圧力のかかり方が異なるためですが、物理的な仕組みは両者で同じです。
だからこそ、拍手の音は、皮膚のぶつかる“衝突音”だけでなく、手の中で空気が一体となって震える“共鳴音”でもあるのです。
「身近な音」が物理学にとっても謎だったという驚き
これまで、拍手の音がどのように生じているのかについては、直感的な理解や簡単な理論モデルがいくつか提示されてきました。
中でも「手の間にできた空気のふくろが振動するヘルムホルツ共鳴によるものだ」という仮説は以前から存在していました。しかし、この仮説を実際の実験やシミュレーションによって精密に検証した研究は存在していませんでした。
今回、アメリカ・コーネル大学と日本の埼玉大学などの研究チームが行ったこの研究は、まさにこの長年の“仮説止まり”を乗り越え、拍手という現象を厳密な物理的実証によって可視化・定量化した初めての試みです。
彼らは、人間の実際の手と、手の形を模した柔らかいシリコン製のレプリカ手を用いて、以下のような多角的なアプローチを実施しました。
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高速度カメラによる空気の流れの可視化(粉末の噴出で空気の噴流を観察)
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音と動きのリアルタイム同期計測
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3Dスキャンによる手の形状の詳細なモデリング
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音の周波数と強さの理論と実験の比較
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流体シミュレーション(COMSOL Multiphysics)による音場の再現

そして明らかになったのは、拍手音の中核にあるのはやはりヘルムホルツ共鳴であるという事実でした。
手の中にできた空洞に閉じ込められた空気が、手の衝突によって急激に圧縮され、親指と人差し指の間から「細い出口」として噴き出し、空気の塊全体が自然な共鳴周波数でバネのように振動して、あの「パチン!」という音が生まれていたのです。
こうして、この現象が瓶の口に息を吹きかけたときと同じ物理現象であることが、実験・計測・数理モデルのすべてで一致して確認されました。
また、興味深いことに、手の形や素材(硬さ)によって、音の高さ(周波数)や響き方(減衰速度)が変化する点も示されました。音の高さは手の中の空洞の体積や出口の大きさによって決まり、手が柔らかいほど音の響きは早く減衰することが明らかになったのです。
特筆すべきは、拍手の音がどれだけ大きくなるかも、単に力強く叩いたかどうかだけでなく、「共鳴系としての空間設計(空洞と出口)の条件」が整っているかどうかで決まる、というがわかった点です。
拍手とは、ただの皮膚の衝突音ではなく瞬間的に空気を操る巧妙な楽器だったのです。
瓶の口に吹きかける音と、拍手の音。この二つが、まったく同じ原理で鳴っていたと聞いて驚いた方もいるかもしれません。けれどそれこそが、科学の面白さです。
当たり前に聞こえていた音にも、見えない力が働いている。物理学は、それを言葉にし、式にし、証明していく学問です。そしてその第一歩は、「どうしてだろう?」という素朴な疑問から始まります。
次に手を叩いたとき、その音の裏で小さな“空気のバネ”が震えていることを、ほんの少しだけ思い出してみてください。きっと、いつもよりも少しだけ、世界が響いて聞こえるはずです。
参考文献
The sound of clapping, explained by physics
https://www.sciencenews.org/article/sound-clapping-physics-explained
元論文
Revealing the sound, flow excitation, and collision dynamics of human handclaps
https://doi.org/10.1103/PhysRevResearch.7.013259
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部