私たちの生活では、嘘や不正を行う瞬間が少なくありません。
仕事でミスを隠すため、面倒な作業を断るため、あるいは日常的で何気ない嘘をつくこともあるかもしれません。
「嘘も方便」という言葉があるように、嘘をついた方が適切な場面もありうるでしょう。
そのためこれまで心理学では、人は状況に応じて嘘を使い分けており、一貫してずっと不正を続ける人は少ないと考えられていました。
例えば、貧乏な学生時代だったらお金の入った財布を拾ったときネコババしてしまうかもしれませんが、経済的に余裕のある社会人になったらちゃんと警察に届けるだろうと予想できます。
しかし、ドイツのマックス・プランク犯罪・安全と法研究所(MPI-CSL)のイザベル・ティールマン(Isabel Thielmann)博士らが行った新たな研究によると、嘘をつく行動(不正)は一時的な状況で変化するものではなく、強い一貫性を持って繰り返されることが示されたのです。
これはつまり、学生時代に拾った財布をネコババするような人は、会社の役員になってもネコババする可能性が高いということを示唆しています。
研究の詳細は、学術ジャーナル「Psychological Science」に2023年3月に発表されました。
目次
- 嘘をつく行動の一貫性と誠実性
- 嘘をつく行動(不正)はその人の性格に依存している
嘘をつく行動の一貫性と誠実性
まず、この研究が何を明らかにしたのかを見ていきましょう。
多くの人が考えるように、嘘をつく行動は状況依存的です。つまり、嘘をつくことで得られる利益がある場合、その行動を選択するのは自然なことに思えます。
例えば、正直に答えると不利になりそうな質問を面接でされた場合、「あえて嘘をつく」のはごく当たり前の選択に思えます。

実際心理実験でもその傾向は示されており、人はバレる心配がなく、自身の利益になるなら嘘をつくし、バレそうだったり、大した利益にならないなら嘘は避ける傾向があるとされてきました。
これはつまり、貧乏な学生だったら少額の報酬のために嘘をつくかもしれないが、立場のある社会人だったら少額の報酬目当てに嘘はつかないだろうということです。
しかし、嘘というのはその時の状況依存ではなく、その人の性根(性格特性)に依存するのはないかという考え方も存在します。
ただこれまでの心理研究は、実験の条件がバラバラで、実験サンプルも小さく、この疑問を明確にできていませんでした。
そこで今回の研究チームは、同じ人物に対して実験条件(例えば、インセンティブの種類、匿名性、報酬構造など)を厳密に統一して、数年単位の実験を実施しました。
この研究では、1,279名のドイツ在住者に対して「マインドゲーム」「コイン投げ」「くじ引きタスク」の3つの実験課題を使用して、嘘をつく行動の一貫性が測定されました。それぞれの課題には、異なるタイプの報酬が設定されており、嘘をつくことが金銭や面倒な作業を避けるなどの利益に繋がっています。
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マインドゲーム:
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参加者は1から8の番号の中から1つ選び、その後、画面に表示されたターゲット番号と一致するかを報告します。正直に答えても、嘘をついても「一致した」と答えれば報酬(2ユーロ)が得られます。
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コイン投げタスク:
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この課題では、参加者に「100個の英単語に含まれる『y』の数を数える」という非常に面倒な作業を与えます。ただし、コインを投げてその結果が指定された面(表か裏)と一致した場合やらなくてもいいよ、と伝えられます。つまり、嘘をつくことで面倒な作業を回避できるのです。(この実験では単に報酬のお金が出されるだけのパターンも実施されています)
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くじ引きタスク:
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参加者にはランダムで1つの月が選ばれ、その月が自分の母親の誕生月と一致するかを尋ねられます。正直に答えても嘘をついても「一致した」と言えば、5ユーロがもらえます。
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今回の研究で重要なのは、この実験が時間を置いて繰り返し行われた点です。
この研究では、最初の「マインドゲーム」の後、約5週間後に「コイン投げタスク」が行われ、さらにその3年以上後に「くじ引きタスク」が実施されているのです。(追加実験では参加者数は数百人規模に減っています)
そしてこのように、時間を空けて同じ参加者に複数回実験を行った結果、非常に興味深い事実が見えてきたのです。
嘘をつく行動(不正)はその人の性格に依存している
実験を行った結果、嘘をつく行動は一貫して維持されることが確認されました。
つまり嘘で利益を得た人たちは、その後どれだけ期間を空けても、一貫して嘘をつく選択を繰り返したのです。
この実験では特に嘘をつくことに罰則を与えていません。そのため人によっては、罰則がないならそりゃ利益になるなら嘘をつくのは当たり前だろうと考えるかもしれません。
しかし、こうした実験デザインも研究者たちの意図している部分です。
実は今回の研究では、性格特性についても詳しく調べられています。すると誠実性(正直さや倫理感)が高い人は、どんな状況でも嘘を避ける傾向が強く、誠実性が低い人々は、金銭的利益や面倒な作業を避けるために嘘をつきやすい傾向が見られたのです。
つまり、今回のような嘘を簡単につける状況で、しかも嘘をつけば利益が得られる状況でも、誠実性の高い人は一貫して嘘を避けていたのです。

一方で、誠実性が低い人達は、どれだけ期間を空けても、一貫して嘘をつく選択を繰り返しました。
この研究の結果は、嘘をつく行動が人によって一貫しているという事実を示した点が重要なポイントです。
つまりその人の状況や考え方が変化する期間を置いても、この行動パターンが繰り返されるということは、不正に対して十分な罰則などの介入がない限り、その人の行動は基本的に変わることがないということを示しています。
これは、企業や社会での不正行為を防ぐための取り組みがどれほど重要かを理解する手がかりにもなります。
大した利益にもならないことで立場ある人が嘘や不正をしているとしたら、それはその人の若い頃からの性格によるものかもしれません。
そのため、不正をする傾向が強い人々には、早期の介入や教育が必要であることが分かります。
特に、企業や学校などでの不正行為を減らすためには、単に罰を与えるのではなく、誠実性を高める教育や、倫理観を養うための社会的な取り組みが効果的であると考えられます。
不正を働くような人は、どんな立場や状況になってもそれを繰り返す可能性があります。そのことを心に留めておきましょう。
参考文献
Once a Liar, always a Liar?
https://www.mpg.de/24406277/0328-stra-once-a-liar-always-a-liar-151860-x
元論文
Cheat, cheat, repeat: On the consistency of dishonest behavior in structurally comparable situations.
https://psycnet.apa.org/doi/10.1037/pspp0000540
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部