子どもの食物アレルギーが増えたのは医療の誤った指導に一因があった

近年、学校給食やレストランのメニューには「卵・小麦・乳・ピーナッツ」などのアレルギー表示が当たり前になりました。

プリンが食べられない子というのも、もはや珍しくありません。

でも、少し前の世代を思い出してみると、ここまで「食べられない食品」を気にする社会ではなかったはずです。一体いつの間に、こんなにアレルギーの子が増えたのでしょう?

こうした問題については、元々いたけれど知られていなかっただけであり、医療体制の整備により、これまで見逃されていた患者が認知されるようになっただけなのかな、と思う人もいるかもしれません。

しかしデータでは実際に患者数が世界各国で増加しているようです。

この背景には、かつて常識と思われていた医療の指導が、実は誤りであり皮肉にもアレルギーを増やす方向に働いてしまった可能性が指摘されているのです。

目次

  • かつての常識「アレルギーのリスクがある食品は食べ始める時期を遅らせるべき」
  • 「アレルゲンを早く口にした子の方がアレルギーになりにくい」――衝撃の研究結果

かつての常識「アレルギーのリスクがある食品は食べ始める時期を遅らせるべき」

1990年代から2000年代初めにかけて、欧米の小児医療では「乳児の免疫は未発達で、強いアレルゲン(allergen:アレルギーを起こす物質)に早く触れると危険だ」と考えられていました。

アレルギーは主に「体質」や「遺伝的な素因」によって決まるとされ、外からの働きかけで変えられるものではない、というのが当時の医学的常識でした。

そのため、卵やピーナッツなどアレルギーを起こしやすい食品は、1歳を過ぎるまで避けるのが安全だとされ、日本を含む多くの国でも小児アレルギー関連のガイドラインでは同様の方針が取られていました。

ところが不思議なことに、こうした指導方針が普及していったのと同時期に、食物アレルギーの子どもが急増してきたのです。

イギリスやアメリカでは、ピーナッツアレルギーの有病率が1990年代から2000年代にかけて2〜3倍に上昇し、ピーナッツを少量食べただけでアナフィラキシー(全身の激しいアレルギー反応)を起こして救急搬送される子どもが増えるなど、小児科で命に関わる症例の対応が増えていきました。

社会全体にもその影響は広がり、学校給食ではアレルゲンの除去や献立変更が相次ぎ、外食産業や食品メーカーでも卵・乳・小麦・落花生など特定原材料の含有を商品ラベルに明記する「アレルゲン表示義務」が制度として導入されました。

医学界では「なぜ食物アレルギー予防のための指導を徹底したのに、症例が増えているのか」という疑問が相次ぎ、研究者たちは従来の考え方そのものを見直さざるを得なくなっていったのです。

免疫は皮膚に触れた「食べ物」を敵と認識する

研究の結果、アレルギーの発症には「免疫が食べ物をどう認識するか」が深く関わっていることが分かってきました。

私たちの免疫は、体に入ってくるものを敵として攻撃すべきか、安全なものとして受け入れるかを“学習”しています。そして、その学び方には2つの経路があることが明らかになってきたのです。

経路①:皮膚から入ると「敵」として覚えてしまう

乳児の皮膚は非常に薄く、湿疹などでバリア機能が弱まると、食べ物の微細なたんぱく質が皮膚から侵入することがあります。

このとき免疫は、異物として認識し、攻撃するように記憶してしまうのです。

この反応が、湿疹のある赤ちゃんがアレルギーを起こしやすい一因と考えられています。

経路②:口から入ると「安全」として学習する

一方、口から食べた場合、腸の免疫は「これは食べ物だから攻撃する必要はない」と判断します。この“慣れる”反応を経口免疫寛容(oral tolerance)と呼びます。

つまり、食べる経験を通じて最初に触れたタンパク質を、体は「安全な食材」として受け入れやすくなるのです。

しかし、食べ物を完全に避けてしまうと、この「正しい学習」の機会が失われてしまいます。その結果、皮膚などからの“誤った学習”だけが進み、免疫が本来安全なはずの食べ物を敵とみなしてしまうのです。

この新しいアレルギー発症のメカニズムを二重曝露仮説(dual-exposure hypothesis)と呼びます。

「アレルゲンを早く口にした子の方がアレルギーになりにくい」――衝撃の研究結果

この仮説を実証したのが、2015年に発表されたLEAP試験です。

英国の研究チームは、ピーナッツアレルギーのリスクが高い乳児640人を2つのグループに分け、一方には乳児期から少量のピーナッツを定期的に与え、もう一方には完全に避けさせました。

結果は衝撃的でした。乳児期から食べていたグループでは、5歳時のピーナッツアレルギー発症率が約80%も低かったのです。

こうした研究から、「ピーナッツや卵などのアレルギーを起こしやすい食品を完全に避けるよりも、少しずつ慣らしていくほうが、むしろアレルギーを防ぎやすい」ことが明らかになりました。

こうした報告は、世界のアレルギー対策の考え方を変えるきっかけとなりました。

LEAPの成果を受けて、アメリカ国立アレルギー感染症研究所は2017年、公式ガイドラインを改訂しました。そこでは、生後4〜6カ月の段階で医師の管理のもとピーナッツを少量導入することが推奨されています。

そして実際に、ガイドライン変更後の診療データでは、乳幼児のピーナッツアレルギーの発症率が減少傾向にあることが報告されています。

日本でも始まった「アレルゲン食品を早い段階で慣らす」取り組み

日本小児アレルギー学会の『食物アレルギー診療ガイドライン2021』でも、「アレルゲン食材(特に鶏卵)の摂取開始を遅らせても、食物アレルギー発症を予防する効果はなく、離乳食としての導入を遅らせる根拠はない」ことが明記されました。

特に卵については、日本国内で実施されたPETIT試験(2017年)が重要な転換点となりました。この研究では、生後6カ月から加熱卵を少量ずつ導入し、皮膚炎の治療を並行した結果、卵アレルギーの発症を約80%抑制できたことが示されています。

ピーナッツについても有効性は認められつつあり、窒息のリスク(ピーナッツは摂取方法を工夫しないと乳児は喉をつまらせる危険がある)を考慮しながら、医師の判断で安全に導入する方向が取られています。

厚生労働省の『授乳・離乳の支援ガイド』(2019年改定)も「アレルゲン食材の摂取を遅らせる必要はない」と明記し、科学的知見を反映した内容に更新されています。

こうした研究により、食物アレルギーの一因として「アレルゲンの食べ物を避けすぎること」が浮かび上がってきました。ただし、食物アレルギーの増加をそれだけで全て説明することはできません。

近年の食物アレルギーの増加には、生活環境の変化も複雑に影響していると考えられています。

たとえば、過剰に清潔な環境で育つことや、抗生物質の多用による腸内細菌の変化が、免疫の発達のしかたに影響を与えている可能性があります。いわば免疫が「本来なら無害な食べ物」を“敵”と誤って覚えてしまう背景には、現代社会そのものの環境要因があるのかもしれません。

だからこそ現在の医学では、「免疫を訓練する」という発想が重視されています。乳児期のうちに少量を安全な形で取り入れ、体に「これは敵ではない」と教えるといったアプローチが、次世代のアレルギー予防の柱として世界的に注目を集めているのです。

食物アレルギーの増加には、かつて「安全策」と考えられていた医療方針が予期せぬ形で影響していた可能性が示唆されています。

しかし今、科学はその誤りを正し、より確かな知見に基づく道筋を示しています。いずれ、子どもたちが自由に食を楽しめる未来が訪れるかもしれません。

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参考文献

Advice to feed babies peanuts early and often helped thousands of kids avoid allergies
https://apnews.com/article/peanut-allergy-children-infants-anaphylaxis-9a6df6377a622d05e47c340c5a9cffc8

元論文

Randomized Trial of Peanut Consumption in Infants at Risk for Peanut Allergy
https://doi.org/10.1056/NEJMoa1414850
Two-step egg introduction for prevention of egg allergy in high-risk infants with eczema (PETIT): a randomised, double-blind, placebo-controlled trial
https://doi.org/10.1016/s0140-6736(16)31418-0
Early Introduction of Allergenic Foods and the Prevention of Food Allergy
https://doi.org/10.3390/nu14132565

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

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