失った目を完全に再生できる巻貝「スクミリンゴガイ」、人間にも応用可能か?

動物

もし人間の目が傷ついたり、失われても、完全に元通りに戻せたとしたら――。

そんな夢のような再生能力を実際に持つ生き物が存在します。

それは、見た目は地味な淡水性の巻貝「スクミリンゴガイ(学名:Pomacea canaliculata)」です。

英語名では「アップル・スネイル(Apple snail)」と呼ばれています。

米カリフォルニア大学デービス校(UC Davis)の最新研究により、この巻貝が「カメラ型の目」を完全に再生できる初の非脊椎動物であり、しかも遺伝子操作も可能な実験モデルになることが明らかになりました。

この発見は、人間では不可能とされてきた「目そのものの再生」が、将来的に医学的に実現できる可能性を秘めています。

研究の詳細は2025年8月6日付で科学雑誌『Nature Communications』に掲載されました。

目次

  • 巻貝が持つ「カメラ型の目」と驚異の再生能力
  • 人間の目の再生に応用できるか?鍵を握る「pax6遺伝子」

巻貝が持つ「カメラ型の目」と驚異の再生能力

私たち人間の目は、レンズ、角膜、網膜、視神経などで構成される「カメラ型の目」と呼ばれる構造をしています。

実は、スクミリンゴガイもこれとよく似た構造の目を持っているのです。

この巻貝の目は、短い眼柄の先にあり、透明な角膜、楕円形のレンズ、複数層の網膜を備えており、視神経は脳へとつながっています。

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スクミリンゴガイ(触覚の付け根に眼球がある)/ Credit: Stowers Institute for Medical Research(youtube, 2025)

しかも、網膜の中には「ラブドメア型」と呼ばれる無脊椎動物特有の視細胞が存在し、その外側には紫外線から組織を守る黒い色素の層もあります。

こうした構造は、人間の目の構造と比較しても非常に高機能です。

しかし、この巻貝が特異なのは「再生能力」です。

研究チームはスクミリンゴガイの目を丸ごと切除し、その後の再生過程を1か月にわたって追跡しました。

すると、わずか24時間以内に傷口は閉じ、3日目には未分化の細胞からなる“ブラストーマ”が出現。

そこから網膜やレンズが再形成され、28日後には視神経まで含めた完全な眼球構造が再生されていたのです。

しかも、その目は元の目とほぼ同じ構造と遺伝子発現パターンを示していました。

この再生は「エピモルフォーシス」と呼ばれる、細胞分裂と組織再構築を伴うメカニズムで進行しており、これは一部のサンショウウオやゼブラフィッシュが持つ再生能力に近いものです。

スクミリンゴガイのような巻貝に、これほど複雑な器官を再生できる仕組みがあったとは、科学者たちにとっても大きな驚きでした。

人間の目の再生に応用できるか?鍵を握る「pax6遺伝子」

再生のカギを握るのは「遺伝子」です。

チームは、スクミリンゴガイの眼球再生過程でどの遺伝子が活性化されているかを解析しました。

その結果、驚くべきことに、ヒトやマウスなど脊椎動物の眼の発生に関わる「pax6(パックスシックス)」という遺伝子が、巻貝の目の再生時にも活発に働いていることが判明したのです。

しかもpax6遺伝子がなければ、目がまったく形成されないことも、CRISPR-Cas9による遺伝子編集で証明されました。

pax6は、脳や目の形成において極めて重要な遺伝子で、ヒトを含む多くの動物で共通して機能しています。

今回の研究では、この遺伝子が再生過程でも中心的な役割を果たしていることがわかり、「再生医療」の文脈でも注目が集まっています。

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目の再生プロセス/ Credit: Stowers Institute for Medical Research(youtube, 2025)

チームはさらに、スクミリンゴガイの卵を外部で培養し、mRNAを注入して遺伝子発現を操作する技術も確立しました。

これはスクミリンゴガイが「遺伝子操作可能な再生モデル」として本格的に活用できることを意味します。

こうした技術を応用すれば、「目の再生に必要な遺伝子群」を網羅的に特定し、それを人間の幹細胞に導入して視力回復を目指す、といった未来の治療法にもつながる可能性があるのです。

もちろん、巻貝の目と人間の目は完全に同じではありません。

しかしpax6のように“再利用可能な遺伝子回路”が存在する以上、自然界が持つ多様な再生戦略を学ぶことで、人間の限界を超える手がかりが得られるかもしれません。

「目は失えば二度と戻らない」

そう信じられてきた常識が、今、巻貝によって覆されつつあります。

スクミリンゴガイは、複雑な目を1か月以内に再生するばかりか、その過程を制御する遺伝子が人間とも共通していることが明らかになりました。

そしてこの発見は、私たち人間にも「視力の再獲得」という新たな希望を与えています。

再生医療やバイオテクノロジーの発展とともに、私たちは「見えなくなった世界を再び見る」未来に、一歩ずつ近づいているのかもしれません。

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参考文献

This Snail’s Eyes Grow Back: Could They Help Humans do the Same?
https://www.ucdavis.edu/news/snails-eyes-grow-back-could-they-help-humans-do-same

Apple snails can regrow their eyeballs
https://www.popsci.com/science/eye-regeneration-apple-snails/

元論文

A genetically tractable non-vertebrate system to study complete camera-type eye regeneration
https://doi.org/10.1038/s41467-025-61681-6

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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